今日は、いろいろやっていたら、もう日にちが変わっていました。


最近毎日がとても楽しくなってきました。


新しい自分を自分で生み出せた気がします。

どんなにいろいろなテクニックを知っている、編集長ずらしても

本質はただの人間です。

いろいろなゾーンにはまり、もさくし、そしていつもなんとか抜け出す。


闇に入り、そこにある何かを探そうと必死です。

そこからつかんだのか、そこから上がってきたところにあるのかは

わかりませんが、ぼくはそのようなサイクルで

自分が次に進む方向を見つけています。


でもそれはとてもしんどいことです。


ただ、今は春のサクラがきれいに咲いていることを、

きれいだなって

感じることが出来ます。


それはとても幸せなことです。


ヨギーニもロータスエイトも新しいスタッフが入ってきました。

みんな素晴らしい。そしてまた新しい意見や存在感で、僕に振動をくれます。


その振動が、時々とても気持ちいい。


なにかが出来そうな気がします。新しいものは、新しい波長と、振動と、それを受け入れる心に

よって作られます。


この春の振動は、クリエイティブです。


ハシムラノブヤ



昨日に続き、本日も養成講座です。

今回は、すべてに参加するつもり。

おそらく、本気? って思う人もいるかもですが、本気なのです。


僕はファシリテーターであり、タクトを振る指揮者のようになりたいのです。

ヨガを学ぶにあたり、必要なこと、そして迷うこと、混乱、発見、気づきといった

成長過程を、一緒に感じてみたいから。


本日は13時から19時までの講座。

フェルデンクライスとKJ法を用いた、コンラッド先生のクラス。

昨日出された、課題があったのだが、優等生の僕はすぐさま課題を修了させ、

本日を迎えたのです。


このクラスの中で、ヨガの先生に必要な、というか、どんな仕事にも繋がるし、

きちんと自分が人とコミュニケーションを取り、また自分自身の中を探るという意味でも

学んでおくととてもいいものを学ぶクラスなのです。


内容はかなり企業秘密! でも伝える立場としては、ちょびっとだけ開放します。


さまざまな疑問や、漠然とした言葉、思い、そして一見ふざけたような言葉や意見も、すべて

答えや真実、また時に本当の問題点を見つけるにあたっては

重要なもので、それらなしでは、次のステージには上がれないということです。


うーーーーん、抽象的!


でも、この抽象表現から、みんなが考えたり、思ったりすることで、

コミュニケーションは増えるのです。


僕は大人気の映画などを見ると、ちょっと意地悪な否定をしたくなるタイプなのですが、

「ア○ター」に関しては、イマジネーションの世界をあまりにもリアルに表現しすぎていて、

映画やファンタジーの世界にある、向こう側というか、僕の勝手な妄想すら浮かんでこなくて

残念だったんです。


それはどうしてか…。

コミュニケーションが、少なくなり、つながりを感じられなくなっていくんですよ。

あまりに具体的だと。


形を知るときには、具体的にってのが、伝えるルール。

深く入る、理解するというときは、時に情報量が少ないほうがいい時もありますよね。


ちょっと養成講座のネタから飛んでしてしまったけど、でもそういうことなんです。


Lotus8の養成講座は、今後さまざまな先生達が、それぞれの音を奏でます。

それはそれは、スペシャルなもの。ここでしか聞けないものもあるでしょう。

そんな音たちを、クラス参加者達は、まずは自分の中に取り込み、そして音の質と意味や特徴などを

理解していかなくてはなりません。


その作業にも、今日学んだことはとても使えるはず。


参加者の一人が言っていました。

「この2日間、物事をジャッジせず、受け入れ、これまでやってきたパターンとは違うものの

見方を教わった。ずっと長く当たり前だったことが変化してきて、とても有意義だった」と。

その言葉を聞き、ただ、うれしいという気持ちが出てきました。


これは雑誌作りにはない、感動で、今起きているその人の中の変化を感じることができたのです。

雑誌作りは最高に魅力的な作業ですが、

養成講座で人がなにかを得ていく、そしてまったく新しく学ぼうとしている人達の

美しさと純粋さに、心打たれます。


今日も、私は学びをしました。

それは昨日、自分が作った「養成コースのルール」を自分が守ったことで

新しい自分が生まれてきました。


すべては繋がっていることを、実感します。


どんなスタジオの、またどんなヨガの養成クラスもだと思いますが、

受け手が、まったく新しく純粋な心で、物事を吸収しようと、真剣であれば

必ずそこには奇跡のようなつながりがおき、今までは見えてこなかった何かがじょじょに、

浮き彫りになってきますよね。


大人が、あらためて、学ぶ。

その姿に感銘を受けます。


こんな感情ははじめてなんだけど(養成クラスに出るのがはじめてだから…)、

今、Lotus8で学んでいる人も、今、他のスタジオなどで養成クラスに出ている人も、

みんなで頑張っているような、一体感を勝手に感じます。不思議…。



ハシムラノブヤ


こんばんは。

僕もいろいろな人達とお仕事させていただいて、

なんとかやっています。

そんな中でも、この半年間でかなりのエネルギーを感じた相手が

昨日から、会の発足と、ヨガの国際検定を始めた

インド日本伝統文化振興会さん。


インド政府がインド国内で認めている団体で、それが日本でも

活動を行うというもの。


おそらくヨガが好きなヒトでちょっとアンテナ伸ばしている人なら、

必ず、ここの広告見たと思うの。

まだ一回目だし立ち上がったばかりだけど、

インドとかなりディープになりたい人は、特にオススメ。


実は今朝、僕たちの養成講座の前に、九段会館の大ホールに顔出しに行きました。


主催者のかたや、壇上にはインドの要人たちがたくさん。

また日本側の要人としては、高野山大学(真言密教)の学長さんや、

元旭化成の社長さんがいたり、政治界からも、また有名な池口先生という

お坊さんもいらっしゃった。


どうしてかインド側に座っていたのが、

シュミッツ先生で、先生とはインドに一緒に行った中なので、

手を振りたかったけど、その思いを必死で止めました。

シュミッツさんのプチヨガと、呼吸法が、なんとなく会場の方々の

疲れを取りました。


突然、横の人と手を繋いで~という言葉に

躊躇してしまうところが、なんだか、自分の小ささに気づかされた次第です。


僕らもがんばるけど、

インド日本伝統文化振興会さんもがんばってもらいたいです。


では~。


ハシムラノブヤ


みなさま、本日は週末なんですが、

実は今日から、Lotus8の指導者養成講座がスタートしました。

いろいろな準備をなんとか今日までに間に合わせて、

ようやく本日を迎えられたことに

本当に感謝です。


そして、今日入学式的なものを行いました。


Lotus8指導者養成クラスのルールです。


ただ、子供っぽいルールでは在りません。

何時にきましょうとか、あれやこれやではありません。


今後ヨガの道を進んでいく人のために、この指導者養成期間で

また新しい自分になるためのルールです。

その多くは、僕が17歳のころから守ってきたことや

20歳の時から続けていること、また今もなお心がけていること、

そして、今はできていないことなどがたくさんです。


ちょっとだけみなさんにも…。


・ほうれんそうと平和的解決(スムーズに)

・子どもになる、疑問をもつ(毎回、毎日、素直な心で取り組む)

・人や社会にいいことをする(気持ちよく過ごせる)

・いいもの、好きなことをしまくる(自分のことがよくわかる、自分が浮き彫りになる)

・本気になる(自分も、相手も本気に!)

・ヒートしない(熱しすぎない、危険です)

・毎日毎分ヨガのこと(ヨガになってみる)

・ジャッジしない(決め付けない)

・自分と人のことを考える(思いやる)

・新しい自分になりきる(成りたい自分になるチャンスです!)

・いちいち感動する(心を動かしてみる)

・フォーカスとワイドの見方と感じかた(視点を持ってものを見て、感じる)

・パターンを崩す(新しくなる)


などなど。。。。です。



これはルールだから、守ろうではなく、守なのです。


Lotus8の養成クラスは、ただ、ヨガを学ぶというものではなく、

すべてをヨガにしようというものです。

そして、この期間で、さらに進化する。。。。


みなさんとてもとても、やる気にみなぎられていて、

そして、フレッシュなエネルギーを放っています。


僕も、いろいろな形でヨガに関わってきて、こんなに集中的に実践も含めて

時間をかけることも、仕事も生活もそれにささげることもはじめてです。


この期間で、僕もさらに新たな形に変化していきたいと思います。


また報告します。


明日は、自分の心や体の声を、表現化するためのクラスです!

楽しみ!


ハシムラノブヤ









雑誌は終わったのに、そして、期末なのに、何だか

忙しいです。

3月の終わり、やはりせつないですね 。

そして寒い。。。


なんなんだ。


僕のパートナーの大嶋は、昨日の送別会&新人歓迎会も

欠席してしまうほど、体調を崩しているのです。

といいたいのですが、けろっとして本日は出社。

体ありきです。


整えてください。


さて、5日前に発売しました、Yoginiの瞑想特集について書くといって

そのままになっておりました。

すみません。


さて、瞑想というものは、日本人の心の中にはなんとなくあるもので、

それはそれは特別なものでないのだと思います。

ゆえに、わかりにくい。


だって、そばにあるものほど、そしていつもあるものほど、気がつかないでしょ。

去ってしまった、大切な人のことを、去ってから気がつくってのも、それの一つでしょ。


そんな例えはいいとして…。


瞑想は、僕らにとって課題です。大きな。

それはヨガは瞑想から始まり、そして最後は瞑想があるというところに

存在しようとする性質がありますから。

僕たちがどんなにポーズや、呼吸の話、そして体のことを話していても、

ヨガをコンセプトに作っている本であるだけに、瞑想というものに戻ってきてしまいます。


瞑想については、取り扱いに注意はしているのですが、

つかみづらかったり、人の感覚を言葉にした表現でしか、伝えられない。。。

それが悩みでもありますが、それでも、伝える意味があると思い、伝えています。

編集部は苦しみながら、捉えられないこのことを追いかける日々でした。


どうして瞑想が必要なのか?

しなくてはならないのか? 

瞑想とは何なのか?


そして、あのヨギーやヨギーニはどのように瞑想と付き合い、

どんな風に瞑想しているか…? 知りたい! という純粋なヨガっ子の心を

前に出して取材しました。

普段はあまり聞けないこと、聞いてしまい、失礼かなとも思うのですが、

そこはヨガの先生達。笑顔で豊かな心で話してくれます。


僕の個人的な見解ですが、

瞑想はとてもいいものだと思います。

でも楽でいいと思います。できる、できないではなく…。


取材の中で印象的な言葉がありました。


「瞑想がおきてくる」


僕にとって、瞑想は入るものでした。その中に入っていく、そして深く深く入っていくことで

何かリラックスしたゾーンへと入る。

やはり表現としては入るなのです。



おきてくる。


これは正しいし、そしてリアルだなと思いました。


自然現象のように話してくれたのは、相川圭子先生、またの名をヨグマタ(ジ)といいます。


今後も、瞑想の企画はもっともっと新しい切り口をもって、紹介していきたいと思います。

とはいっても、次に行えても2年後かも。。。


ハシムラノブヤ