昨日に続き、本日も養成講座です。
今回は、すべてに参加するつもり。
おそらく、本気? って思う人もいるかもですが、本気なのです。
僕はファシリテーターであり、タクトを振る指揮者のようになりたいのです。
ヨガを学ぶにあたり、必要なこと、そして迷うこと、混乱、発見、気づきといった
成長過程を、一緒に感じてみたいから。
本日は13時から19時までの講座。
フェルデンクライスとKJ法を用いた、コンラッド先生のクラス。
昨日出された、課題があったのだが、優等生の僕はすぐさま課題を修了させ、
本日を迎えたのです。
このクラスの中で、ヨガの先生に必要な、というか、どんな仕事にも繋がるし、
きちんと自分が人とコミュニケーションを取り、また自分自身の中を探るという意味でも
学んでおくととてもいいものを学ぶクラスなのです。
内容はかなり企業秘密! でも伝える立場としては、ちょびっとだけ開放します。
さまざまな疑問や、漠然とした言葉、思い、そして一見ふざけたような言葉や意見も、すべて
答えや真実、また時に本当の問題点を見つけるにあたっては
重要なもので、それらなしでは、次のステージには上がれないということです。
うーーーーん、抽象的!
でも、この抽象表現から、みんなが考えたり、思ったりすることで、
コミュニケーションは増えるのです。
僕は大人気の映画などを見ると、ちょっと意地悪な否定をしたくなるタイプなのですが、
「ア○ター」に関しては、イマジネーションの世界をあまりにもリアルに表現しすぎていて、
映画やファンタジーの世界にある、向こう側というか、僕の勝手な妄想すら浮かんでこなくて
残念だったんです。
それはどうしてか…。
コミュニケーションが、少なくなり、つながりを感じられなくなっていくんですよ。
あまりに具体的だと。
形を知るときには、具体的にってのが、伝えるルール。
深く入る、理解するというときは、時に情報量が少ないほうがいい時もありますよね。
ちょっと養成講座のネタから飛んでしてしまったけど、でもそういうことなんです。
Lotus8の養成講座は、今後さまざまな先生達が、それぞれの音を奏でます。
それはそれは、スペシャルなもの。ここでしか聞けないものもあるでしょう。
そんな音たちを、クラス参加者達は、まずは自分の中に取り込み、そして音の質と意味や特徴などを
理解していかなくてはなりません。
その作業にも、今日学んだことはとても使えるはず。
参加者の一人が言っていました。
「この2日間、物事をジャッジせず、受け入れ、これまでやってきたパターンとは違うものの
見方を教わった。ずっと長く当たり前だったことが変化してきて、とても有意義だった」と。
その言葉を聞き、ただ、うれしいという気持ちが出てきました。
これは雑誌作りにはない、感動で、今起きているその人の中の変化を感じることができたのです。
雑誌作りは最高に魅力的な作業ですが、
養成講座で人がなにかを得ていく、そしてまったく新しく学ぼうとしている人達の
美しさと純粋さに、心打たれます。
今日も、私は学びをしました。
それは昨日、自分が作った「養成コースのルール」を自分が守ったことで
新しい自分が生まれてきました。
すべては繋がっていることを、実感します。
どんなスタジオの、またどんなヨガの養成クラスもだと思いますが、
受け手が、まったく新しく純粋な心で、物事を吸収しようと、真剣であれば
必ずそこには奇跡のようなつながりがおき、今までは見えてこなかった何かがじょじょに、
浮き彫りになってきますよね。
大人が、あらためて、学ぶ。
その姿に感銘を受けます。
こんな感情ははじめてなんだけど(養成クラスに出るのがはじめてだから…)、
今、Lotus8で学んでいる人も、今、他のスタジオなどで養成クラスに出ている人も、
みんなで頑張っているような、一体感を勝手に感じます。不思議…。
ハシムラノブヤ