雑誌は終わったのに、そして、期末なのに、何だか

忙しいです。

3月の終わり、やはりせつないですね 。

そして寒い。。。


なんなんだ。


僕のパートナーの大嶋は、昨日の送別会&新人歓迎会も

欠席してしまうほど、体調を崩しているのです。

といいたいのですが、けろっとして本日は出社。

体ありきです。


整えてください。


さて、5日前に発売しました、Yoginiの瞑想特集について書くといって

そのままになっておりました。

すみません。


さて、瞑想というものは、日本人の心の中にはなんとなくあるもので、

それはそれは特別なものでないのだと思います。

ゆえに、わかりにくい。


だって、そばにあるものほど、そしていつもあるものほど、気がつかないでしょ。

去ってしまった、大切な人のことを、去ってから気がつくってのも、それの一つでしょ。


そんな例えはいいとして…。


瞑想は、僕らにとって課題です。大きな。

それはヨガは瞑想から始まり、そして最後は瞑想があるというところに

存在しようとする性質がありますから。

僕たちがどんなにポーズや、呼吸の話、そして体のことを話していても、

ヨガをコンセプトに作っている本であるだけに、瞑想というものに戻ってきてしまいます。


瞑想については、取り扱いに注意はしているのですが、

つかみづらかったり、人の感覚を言葉にした表現でしか、伝えられない。。。

それが悩みでもありますが、それでも、伝える意味があると思い、伝えています。

編集部は苦しみながら、捉えられないこのことを追いかける日々でした。


どうして瞑想が必要なのか?

しなくてはならないのか? 

瞑想とは何なのか?


そして、あのヨギーやヨギーニはどのように瞑想と付き合い、

どんな風に瞑想しているか…? 知りたい! という純粋なヨガっ子の心を

前に出して取材しました。

普段はあまり聞けないこと、聞いてしまい、失礼かなとも思うのですが、

そこはヨガの先生達。笑顔で豊かな心で話してくれます。


僕の個人的な見解ですが、

瞑想はとてもいいものだと思います。

でも楽でいいと思います。できる、できないではなく…。


取材の中で印象的な言葉がありました。


「瞑想がおきてくる」


僕にとって、瞑想は入るものでした。その中に入っていく、そして深く深く入っていくことで

何かリラックスしたゾーンへと入る。

やはり表現としては入るなのです。



おきてくる。


これは正しいし、そしてリアルだなと思いました。


自然現象のように話してくれたのは、相川圭子先生、またの名をヨグマタ(ジ)といいます。


今後も、瞑想の企画はもっともっと新しい切り口をもって、紹介していきたいと思います。

とはいっても、次に行えても2年後かも。。。


ハシムラノブヤ