箸専門店 箸久 スタッフブログ -2ページ目

お箸から見える風景

お箸は唯一、「口の中に触れる」食器でありながら、
材質や仕上げ、また安全性に関して意識される事が
他の食器よりも少ないように思う。


自分に置き換えてみても、
お箸屋さんになる前は、お箸の安全性や利便性も含め、
あまり気にせずに使っていた。


「日本人の一生はお箸に始まり、お箸に終わる」
と云われるほど生活に密着し、
無くてはならないものとして
大切に扱われていた事を考えると、

自分は、大量生産時代の
「お箸は安く使い捨て」と考える
典型的な「現代人」だったと思う。


今は箸専門店なので
一番に安全性を重視しているのは勿論だが、
長く使っていても飽きない
どこか温かみのある天然木と
天然漆で仕上げたお箸を扱っている。
 
価格的には高く感じる部分もあるが、
他の材質のお箸ではなかなか代用できないところもある。


まず一つは「使い捨て」でなく、永く使って頂ける事

天然木なので、箸先をかじって
少し折ってしまったとしても、
長さをそろえて御直しが出来るし、
漆が剥げてしまった場合でも、
また漆を塗ることによって
、何度でも「生まれ変わる」。


環境に優しいという事も勿論だが
「今まで使っていた中での思い出も保存する事が出来る」


そしてもう一つは少し大げさだが、
使っている人の風景が見える事」。

お客様と直接お話しさせて頂く時間を多くいただけるので、
いろいろなシーンを見せて頂く事が出来る。


生まれたばかりのお孫さんを想いながら
御箸を選ばれている時の、
おばあちゃんの何とも言えないやさしい眼差しや、


結婚式を控えた新郎新婦様が
ご両親への感謝の気持ちとして
思いを込めて製作した手作り箸をお預かりし、
漆を塗り、仕上がったお箸を
受け取りに来られた時の
新郎新婦様の少し照れくさそうな笑み。


嫁ぐ娘さんの結婚祝いに夫婦箸と一緒に
「新しい息子さん」をいつでも家族として
迎えられるように
「義息子さん」のお名前の入ったお箸も一緒に
「ご自宅用」として買っていかれるお母様など。


お箸を通して色々な方の想いや
やさしさを風景として見せてくれるのは、
天然木と漆から伝わる温かさならではと
思える場面が幾つもある


お箸屋さんなので、贈られる方と受け取られる方の
「橋(箸)渡し」をさせて頂いているつもりだが、
多くの場合は逆で、
お客様から「幸せのおすそわけ」を頂いている。



*昨年末、桐生タイムス社発行のフリーペーパー

 「タウンわたらせ」に掲載させていただいた文です 

思いやりと感謝の心

家庭や会社で食事の際に、
当たり前の様に

自分専用のお箸や湯飲みを使っているが、
これは「属人器」と呼ばれ、
食器を使う人が特定されているという
世界でも珍しい、日本の食文化の特徴の一つだ。



それほどまでに私たち日本人は
自分が使う道具に対して、愛着を持ち、
少しくらい破損した位なら補修し、大切に使ってきた。



ところが今はどうだろう。

少し前の自分に置き換えてみても、
お箸に限らず、愛着どころか

「使えればいい」程度にしか考えてなく、
壊れたらすぐに捨てて、

また買えばいいと安易に考えていた。



思い返してみると、
道具を大事に扱えない度合に比例して
自分に関わり支えてくれている人の事も、
大事に考えていなかったように思う。



住宅環境の変化により、

昔は一家そろって囲んでいた食卓も
一人一部屋が当たり前となり、
また生活スタイルの多様化により
家族が各々に食事をとるというような機会が増えた。
「食卓」という言葉さえ、
何だか遠い響きのように感じるこの頃だが



本来、一家団欒で食卓を囲むという事は
単に「食事をする」ということだけではなく、
箸の持ち方を含め、親から子へ、そして孫へ
その家に伝わる伝統や文化・礼儀やしつけを
自然な形の中で伝えて行く場であり、
心と心のキャッチボールが出来る、
人間の成長過程には欠かせない

場所と時間だったように思う。



家庭以外の場であっても、
近所のおばさんやおじさんが、みんな親みたいに、
いい意味で褒めたり、叱ってくれたりして、
家族・他人を問わず、みんなが

自分以外の人への思いやりを持ち、
実践してくれることによって、
自分もまた「人に対する思いやり」の大切さを
自然の中で学ぶことが出来たのだと思う。



人と人とのコミュニケーションがビタミン不足な今、
大きなことはできないが、
お箸を通して家族一人ひとりが

自分のお箸を持ち合い、
ちょっとした話題の提供につながり

それをきっかけとして家族しいては

人と人との心をつなぐ場を提供できれば、
お箸専門店としてこれ以上の喜びは
ない。



お箸屋さんになって私自身、
家族と過ごす時間が増えただけでなく、
家族を含め、自分に関わる人の存在の大切さも

実感できるようになった。
お箸も人もあまり大切に出来ていなかった時期もある分、
尚更、お箸を通して少しでも、
「物を大切にする心」と「感謝する心」

伝えていけるように努力していきたい。 



*昨年末 桐生タイムス社発行のフリーペーパー

「タウンわたらせ」に掲載させていただいた文です

割れる食器で教える「物を大切にする心」

先日、テレビ番組で世代別の給食を比較するという特集をしていて

献立や給食の時間の過ごし方など、自分たちの頃よりも

かなり多様化してして、興味深いものでしたが


その中でも、一番、気になったのは、

今の学校が使用している「食器」とその理由


私の頃は給食の食器といえば

「割れない」プラスティックの食器が

当たり前でしたが、今の学校では・・・


落とせば割れる「陶磁器」で出来た食器

「あえて」 採用されているそうです


大量生産大量消費の今、自分の持っているものでも

無くしたり壊れたりしてしまったら「また買えばいい」と思いがちで

物を大切にする心が、暮らしが便利になるにつれ、

薄れていっている気がします


住宅環境や家庭環境の変化により、自分が子供の頃のように

親と子の触れ合う時間が減ってきていて、

ものの大切さやマナーなどを教える機会が減っていることも事実です


またそうした環境で育った世代が親となってきていて

ものの大切さやマナーなど、生きていくために大切なことを

教わらずに育ってきているので、

自分が親になっても「教えられない」という

悪循環があるように思います


そんななかで、本来、親が教えることが望ましいと思えることの

一部を学校が教える役目を担ってきていて


その一つが、給食時の「割れる陶磁器製の食器」の採用。


陶磁器製の食器を使うことは

「ものを大切にする心」を育てるだけでなく、

割れた時には故意・不意を問わず

そうしてそうなったかという原因と

今後の対策を話し合い、


食器をわってしまうことは、「失敗」ということにはなりますが

はじめから割れない「失敗しない」ものを選ぶのでなくて、

「失敗から子ども達がいろいろなことを学んで行ければいい」

という思いが込められているそうです。


お箸を通して「ものを大切にする心」を伝えていく立場として

興味深く思ったとともに、


自分も一人の親として、家庭内においても

生きていくのに必要な心持ちとマナーは

自分が日常生活の中でよい手本として示しながら

教えて行かなければいけないなと強く感じました


長嶋さんに学ぶ

長嶋茂雄氏と松井秀樹氏が国民栄誉賞を受賞しました


長嶋さんに関しては「まだ受賞してなかったの?」
不思議に思ったくらいです。


よく王さんと長嶋さんは「努力の王」、「天性の長嶋」と言われています
私自身もそう思っていました。が、先日、テレビで長嶋さんの特集を見て
考えが一変しました


自分で少しでも納得がいかないと場所や時間を選ばず

ひたすら素振りをしていたそうです。


時には遠征先の寝室で、同僚が隣で寝ているところでも

素振りをしていたそうで、


同僚の選手が素振りの音で起きてしまうほどで

起きても下手に動くとバットが当たるのではと

気がきではなかったとエピソードとして語っていました


それほど周りのことも目に入らないくらいに集中し

練習していたんですね。


長嶋さんが努力家だったということはわかりましたが

それよりももっと心に残ることが有りました


長嶋さんといえば「記録よりも記憶」

ホームランでも安打でも打点でも

優秀な成績を残してはいますが

どれも1位の記録を保持しているものはありません


でもなぜか印象に残る有名な野球選手と言うと

多くの人が「長嶋さん」と答えます


私もその一人です

なぜなんだろうと考えてみた時、

引退時のスピーチと、そして

守備でも打撃でも、観るものを惹きつける

少し、オーバーアクション気味のプレーにあります


なんでもないサードゴロを、ファインプレーのように魅せる

華麗なグラブさばき


それは、決して無意識でやっていたわけではなく

ちゃんと意識してプレーしていたのだそうです


「観客のみなさんはお金を払って自分たちのプレーを見に来てくれている。

満足して帰って頂かなければお客様に失礼だ」という思いから


少し大げさではあるけれど、観るものを惹きつけてやまない

プレーを魅せ、その積み重ねで結果として

記憶に残る選手になっていった。


これはまさに「顧客満足度」と同じように思います


長嶋さんがすごいと思うのは

常に期待されていて、期待値が高くなり続けていたにもかかわらず

「顧客満足度」を落とさない選手だったところにあるように思います


顧客満足度は「お客様が実際に感じた価値」-「お客様の期待値」です

当然、期待値が高ければ高いほど、満足度は平凡なものになります


それをずっと高いレベルで保ち続ける長嶋さんの偉大さは

立場も環境も全く似ても似つかない私でも実感することができます


長嶋さんと同じような満足度をお客様に感じていただくことは

難しいですが、お客様に対する姿勢としては常に目標として行きたいところです



まずはお店の期待度を上げることよりも、

ご利用頂くお客様に少しでも 「時間とお金を費やしても良かった」

と思っていただけるように頑張って行きたいと思います


それにしても今更ながら長嶋さんはやっぱりスゴイ!

お客様から教えられた「心」


毎日溶けるような熱い日が続いており
少し夏バテ気味ですが、オリンピックを
ついつい見てしまうこの頃です


「情けは人の為ならず」

とよく言います


人のために色々してあげる事は
それはやがては自分にも恩恵として帰ってくるので
率先して人のために親切にしてあげなさい


という意味ですが、先日、店頭で
この意味を実感できたので
ご紹介したいと思います


夕暮れ時、出荷作業も終わり一段落した頃
流暢な日本語を話される外国人の男性の方と
日本人女性のカップルが来店されました


そして男性の方が私に

「ストーリーのあるお箸ありますか?」
聞いてこられました


今まで、ずいぶん長くサービス業に関わっていますが
初めてのご質問だったので、少し驚きました。


よくお伺いしてみると

(お箸を)プレゼントしようとしている方が
とても歴史が好きなのだそうです。


そこで、お箸をさし上げるにも、歴史にまつわった
又はストーリーのあるお箸がほしいということでした


贈られる相手を思い、その方が気に入ってくれるものを
選びたいという気持ちがとても強く伝わってきて


普段自分は贈り物をするときに、果たして
そこまで相手のことを思って決めているのだろうかと
反省混じりに考えさせられ、また感服しました。


いろいろ歴史あるお箸の中で
私は「山中塗の箸先が純銀のお箸」  をおすすめしました


今では伝統工芸の装飾の「技法」として残っているだけですが

お箸にかぎらず、銀の食器は東洋・西洋問わず
昔から重用されています


豪華さや裕福なというイメージが強いですが、本来は

銀が毒物に瞬時に反応し、黒く変色する性質があることから
「毒殺防止」を目的として使われてきました


西洋の「銀のスプーンを贈る」習慣や
韓国で長寿祝いに「純銀の箸を贈る」習慣も
同じ意味合いです。


お客様にそう説明をさせていただいたところ


そのお客様はこう言われました

「聞いてよかった。ありがとうございます
私も勉強になりました


その謙虚な姿勢に私は再度感服しました


人を思う心・歴史を重んじる心
本来、私自身が、一人の日本人として、


そして日本の伝統文化を伝えるお箸を
お勧めする立場として、

いつも持ち合わせていなければいけない

大切な心を


お客様から教えていただいた気がしました