生物基礎では、通常の内容の他に、「参考」や「発展」という、コラム的な体裁で教科書に載っている項目があります。
特に「発展」の内容は学習指導要領に含まれていないため、必要性に応じて勉強することになります。ここで言う必要性とは、将来的に応用科目である生物に繋げることを前提とした場合や、学力試験における思考問題に対応するため、より詳細な知識を身につけたい場合に出てきます。
文系の生徒でセンター試験を基礎科目で受ける場合、発展の内容まで踏み込むべきかどうかという切実な問題が出てきます。
結論としては、やっておくに越したことはありません。生物基礎の学習事項を理解をするためには避けがたい内容だからです。たとえば原核細胞と真核細胞について生物学的に考察したり、遺伝情報の発現が細胞の中でどのように起こるのか、具体的なイメージを持つためには、電子顕微鏡レベルでの細胞の構造の知識は欠かせません。ここは「発展」の部分にあたります。
今回は、細胞の多様性を理解する上で押さえておいた方がよい、「発展」あたる内容を取り上げてみました。
顕微鏡の性能が向上するにつれ、人類はより詳細な細胞の構造に気づくことになりました。上の図は、簡単のために動物・植物細胞の区別を度外視した真核細胞の模式図です。
左は光学顕微鏡で確認できる構造です。現在の中学校の理科と高校の生物基礎で習う範囲です。
ちょっと横道にそれますが、実際の細胞小器官は、染色しないと観察が難しく、核ですら酢酸カーミン溶液などを用いないとうすらぼんやりとした丸いものがあるなあくらいにしか見えません。ミトコンドリアは小さすぎて、ヤヌスグリーン(実はもう古いんですけど)などを使ってやっと青緑色に染色した紐状のものが観察できます。葉緑体は大きいし、もともと緑色をしているので、一応見えます。発達した液胞は、植物細胞のほとんどの容積を占めることが多いので、細胞質(細胞膜の内側)を観察しているつもりが、そこは実は液胞の中身にあたる細胞液だったりします(ここはセンターの問題に出せそうですね)。
中央は、電子顕微鏡で確認できる細胞の微細構造です。細胞模式図では、様々な膜構造が描かれ、リソソームなどの小胞を生み出す小胞体なども描かれます。そんなマニアックな構造を働きと一緒に覚えておくと、その後、遺伝情報の発現の内容に触れたときに理解を助けてくれます。
またちょっと横道にそれます。
小胞体なんですが、私はかつて、細胞内の通路にあたると教えられ、ずっとそのように理解し、家の廊下みたいなもんかと思っておりましたが、実際には、中にタンパク質や老廃物などを納めた小胞をたくさん作り出していて、細胞内の物質運搬の中心的な存在になっているいう認識に欠けていました。小胞体という名前から推して知るべしだったんですが、気づきませんでした。ちなみに植物細胞で成長と共に発達する液胞は、数多の小胞が融合して巨大化したものです。
細胞模式図では扁平な構造が層状に重なって描かれる小胞体が、頭の中であぶくをプクプク出しているイメージとして動き始めたとき、やっとDNAからタンパク質がつくられるまでの流れが腑に落ちたことを思い出します。
右の絵は最近の知見を表しています。特定のタンパク質を狙って蛍光染色する技術が生み出され、タンパク質分子を観察できるようになったのです。しかも生きた細胞の中で働いている様子までです。この技術を使いって細胞質基質を見ますと、細胞骨格という繊維状の構造が所狭しと張り巡らされていました。
また横にそれてしまうんですが。そもそも細胞質基質とは、細胞の中で細胞小器官の間を満たし、特に構造が見られない部分と定義されてきましたから、細胞質基質の定義をあやふやにしてしまう発見になりました。
ミトコンドリアや葉緑体などの細胞小器官は、実際には細胞骨格に固定されていたのです。液状の細胞質基質の中を頼りなく漂っているような状態ではなかったのですね。
細胞骨格ですが、3種類あることが分かっています。微小管、中間径フィラメント、そしてアクチンフィラメントです。
このうち微小管とアクチンフィラメントは、単量体タンパク質が集まったユニット構造でして、簡単に作り替えができるようになっています。中間径フィラメントを構成するケラチンというタンパク質は、何重にも重なって、強度を増すことが出来ます。
細胞内で核は、中間径フィラメントでできたカゴのような構造で手厚く保護されていて、よく考えてデザインされているんだなあという印象を受けます。皮膚の表皮では次第にケラチンが細胞質を満たしていき、角質層やツメを作るのだそうです。皮膚からできるツメや髪の毛が、どうしてあんなに丈夫なのか分からなかったけれど、なんとなくイメージできるようになりますね。、
微小管やアクチンフィラメントは細胞内で、モータータンパク質が様々な細胞小器官を運ぶためのレールやロープみたいに働きます。モータータンパク質とは二本足のキャラクターで、ATPをエネルギーとして使いながら、微小管やアクチンフィラメント上を移動します。
微小管やアクチンフィラメントとモータータンパク質のイメージが頭の中で動き始めると、原形質流動という細胞膜の内側が動く現象(アメーバ運動もそう)が、どのような仕組みで起こっているのか、分かったような気になれます。
植物細胞では、発達した液胞の周りに沿って葉緑体が一方向にぐるぐると回っている現象が観察されますが、あれは微小管の上を、葉緑体を結合したモータータンパク質がATPを消費しながら運んでいるのです。そう、ひょこひょこと歩くように運んでいるのです。
こうして動くイメージとして記憶された学習内容は、頭の中で映像体験として残りますので、「発展」の内容である細胞骨格まで勉強した子は、きっと原形質流動という「生物基礎」の学習項目を忘れない?
このように、たとえ学習指導要領で「生物基礎」の範疇にないことでも、「発展」の内容は意味があるのです。高校生のためを思って、せっかく紹介してくれてあるのです。
教科書を作成した人たちの親切な気持ちを感じながら、大きなお世話と言わずに、よく噛んで食べるように勉強して欲しいものです。