Flat or Falt. -2ページ目

Flat or Falt.

Baby my heart beats for U

KとS

 懐かしい夢を見て目覚めた深夜は、とても居心地が悪い。季節的にも微妙な風が流れる深夜のベランダ。見上げた先には、真っ暗い闇が広がる三月初めの夜空。存在を主張するかのように煌めく星々の、歌が聞こえていた。夢の中でもこうして、ベランダに立っていたのを思い出す。行き場のない感情が、ため息と共に腹の底から漏れだした。

 ブランケットで身を包み、夜空を見上げる深夜。夢の中では、隣に誰かが立っていた。自分の背を遥かに越した、痩躯の男。その大きな手にホットミルクが入ったマグカップを持って、共に星が歌う夜空を見上げていた。互いに口を開くことはなく、寝静まった街を覆う闇の音だけが響く。まるで無声映画を観ているような静けさのなか、男が突如として空を指さしこう言った。




「死んだら、あの星みたいになるのか」




 無数の散らばる星のなか、一際薄く光る星を指さした痩躯の男。その瞳は憂いを帯び、少しだけ揺れているようにも見えた。普段から何を考えているか分からない、掴みどころのない男。そう説明がつくのだが、実際は胸の中に情熱を燃やしている。時折、先の言葉のようにロマンチスト気取りな面を見せることもあった。今では、夢のなかの話。

 今にも消え入りそうなほど薄い光を宿した星を指さしたまま、微動だにしない男の横顔を見つめる。段々と揺れていた瞳が湿っていくのを見ながら、寂しがりのロマンチストとは正に彼をさす言葉なのだろうなと感慨深く思っていた。

 世の中の人口を考えれば、ちっぽけな存在でしかないだろう。いつ消えても可笑しくない世界に生きているのは、星も人も同じ。それでも自分たちはこうして、人々の前に立って煌びやかな光を一心に受けながら輝く職業に就いている。誰しもが、誰しもの、一等星なのだ。男の指さした横にある、一際輝く星。ここにいるよ、と誰かに伝えているかのように光る星を指さし、あれがお前だと男に告げる。いつものように小さく笑うのだろうと思っていたが、男から返ってきた言葉は意外なものだった。





「…俺は、アルファルドになるんだ」





 なにそれ。言いかけて辞める。聞いたところで、その時の男には軽く質問をあしらわれそうな気がした。何も言えず、只々流れていく時が過ぎていくのを待つしかできない。そう思った時、なんて不毛なやり取りを繰り広げているのだろうかと、馬鹿らしくなったのを思い出した。

 アルファルドとはどんな星なんだ。少し荒くなった語尾が、星を指さす男の腕を下げさせた。柵に腕を乗せ、視線をかち合わせる。微かに揺らぐ男の視線が、一瞬彷徨う。違うよ、ここだよ。視線を呼び戻すように、顔を傾げて男の目線を拾いに向かう。やっとのことで合わさった視線に耐え切れなくなった男は、思い切り吹き出した。普段カメラの前にいた彼なら、決してしないような笑い方。自分にだけ見せていた、笑い顔。それも今では、夢のなかの話。





「、アルファルドは……孤独なもの」





 男の小さな口が、確かにそう動く。”アルファルド”と、多言語を操る男が発するたびに、不思議な感覚が胸の奥を覆った。彼が生まれた国の発音にも、カメラの前で話す言葉の発音にも似ていた。今にも崩れていきそうなほど、彼の表情が歪んでいる。不思議と苛めたい衝動に駆られたが、なけなしの理性がそれを制した。それよりも、彼が自らを孤独なものと表現したことが気になった。





「なんでお前が、孤独なものなの」




 メンバーがいるじゃない。継ぎ足した言葉の語尾を拾い上げた彼は、垂れた細い瞳を更に細くした。それが返答に困っている時の顔だと知っていたからこそ、それ以上言葉を継ぎ足すことはしなかった。十人もの同世代の男たちと寝食を共にしているというのに、己を孤独なものだと表現した彼は、弟たちといてもどこか所在なげな瞳をのぞかせていた。

 
 夢のなかの彼に一度だけ尋ねてみたかったことを、今時分思い出した。理由を。チームを離れた理由を、嘘でも良いから教えて欲しかった。それも今では、夢のなかでしか聞けない話。夢のなかでも聞けない、話。


 何も言わずに視線を絡め合っていると、男は垂れた細い瞳に小さな滴を光らせた。小さな唇が震えているのを見て、彼が泣くのを我慢しているのだと悟った。暫くの間は視線を夜空に戻し、鼻を啜る音が聞こえなくなるのを待った。はぁ。吐き出した息は、薄らと白かった。ずび、と一際大きな鼻をすする音が聞こえたあと、彼が小さく「ジュンミョナ」と呼んだ。珍しく本名を読んだのは、それが、最初で最後だった。




「…いつだって、周りから置き去りにされることを、望んでいたのかもしれない…。けれど、突き放されるのが怖くて、必要以上に近寄らないようにしていたんだ…」




 分かっていたよ。そんなこと言えるはずもなく、力なく微笑む彼に掛けられる言葉を必死に探す。見つからないまま時は過ぎ、とうとう瞳から溢れた涙の滴が彼の頬に軌跡を描いた。月に照らされたその軌跡はまるで、流れ星が過ぎ去ったあとのようだった。違うよ、笑ってよ。喉の奥にしまい込まれた言葉は今も、飲み込んだまま。

 彼の涙を最後に、夢から覚めてしまった。あのあと、彼が発したであろう言葉は夢のなかで聞くことは出来なかった。そして今、あの時と同じベランダに立っている。隣には、誰もいない。行き場のない感情が、ため息と共に深夜の空気に溶けて、消えた。





― ジュンミョンは、俺の一等星だったよ





→End.
KとK


 ― 光は消えうせた、残る心は置いていこう



 キッチンに設置されたシンクを抱いて、前のめりに体を倒した。銀色に光るシンクの底ぎりぎりに頭を下げ、蛇口を捻る。見開いた目は確認する。視界に入る色は金色。蛇口から流れ出た水とともに、後頭部から一斉にゴールドの色彩が流れ落ちた。

 声にならない声が喉から出る。薬品の刺激臭を呼吸器官内への侵入を許す。シンクに頭を突っ込んだ状態で激しく咳き込む。やがて目眩を合図にして酸欠が訪れる。がばっと勢いよく顔を上げる。勢いが良すぎたせいか、薬品の刺激臭が脳内への回りが早くなる。ぐるぐる、視界がまわる。どうして、今自分は髪色をゴールドに染めているのだろう。冷静になど考えられるはずもなく、回る視界に胃の中がかき回される。今朝から胃に何もいれていないので、幸いこみ上げてくるものはない。




 「(そろそろ、やばいな)」




 視界が歪み、気持ち悪さも最高潮のなか、喉の奥から警告音が鳴り始めている。勢いよく上げたせいで、蛇口の先端に後頭部を打ち付けた。鈍い痛みが襲う頭を抱えながら部屋へと向かう。ベッドの枕元に置いておいたプラスチックの喘息用吸入器に手を伸ばす。それをぐっと口に突っ込むと、矢継ぎ早に突起を押した。喉の奥で鈍い音がする。噴射口を銜えたまま目を細める。鈍い痛みを発する頭が、視界の歪みを更に助長する。





 「…ああ、回る。」





 冷静になって足元を見る。荒れ果てたシンクから染色薬品が床を這っている。髪の色素を抜いた後、ゴールドにしていた途中だった。この結果は非常に最悪だ。あとでミンソクあたりに叱られるに決まっている。のろのろと洗面所へと向かい、棚からタオルを取り出す。それを手にしたままキッチンへ戻り、シンクに飛散した薬品や水滴をふき取る。綺麗に拭きとったところでタオルを洗濯機に入れる。空になった容器をプラスチックごみの袋に捨てる。

 冷蔵庫に頭を突っ込み、錠剤薬を探す。探し当てた薬袋からシートを取り出し、喘息の発作を併発させないように薬を2錠飲む。コーティングが溶けないうちに、生唾と共に喉の奥へと流し込む。足元に敷かれていたマットところどころゴールドに汚染されていた。片付けることすら億劫になり、それらを一瞥するとベッドに向かった。

 ベッドの中でもぞもぞと何度も寝返りをうつ。まんまとタイミングを逃したことで、薬が効くまでに時間がかかった。呼吸は依然、不安定なまま。ベッドヘッドに置いておいた吸入器を口に含んで顎を上げた。噴射させて、気付く。残量は先ほどので既に尽きていた。空しい音が喉の奥で鳴った。思わず、笑いが漏れた。




 「めんどくさいな」




 両手で口を押さえ付け、目を伏せた。夜明けの気配があるのに、朝が来るのを待ちわびた。目を閉じてみても一向に訪れない眠気。どうしたものかと伏せた目をもう一度きつく閉じると、目じりから一筋涙が流れた。はあ、とため息を枕のなかに吐き出すと、その生暖かさに先ほど収まったはずの気持ち悪さがこみ上げた。眠れないので小説の続きを読もうかと手探りしてみるも見当たらず。閉じた瞳を開けることすら億劫に感じられる。依然、不安定極まりない呼吸。

 長くなってきた片側の前髪が目にかかる。自力で染めたことで、色が斑になっている。大分くすんだゴールドだ。これでは爆笑されること間違いない。スホにはきっと、勝手だと怒られるだろう。はあ、ため息。埋めた顔を上げると、部屋の入り口に佇む一人が目に入る。そいつは、こちらを見て吃驚したような表情を浮かべている。



「ひょん、なにそれ」
「……自分でやったら、失敗した」
「勝手するとスホヒョン怒るよ。それと、ちゃんと髪乾かしたの」
「怒るのは承知済み。まあまあ、乾かした」
「それ多分、乾かしたうちに入らないと思うよ」



 その言葉を残してカイはリビングのほうへと消えた。混乱した頭でもカイが敬語を使っていないことはわかっていたが、注意をするほどの体力も残されていない。眠気は未だに訪れないが、疲労感だけは凄まじい。ぎしり、唸るベッドのスプリング。入りきらない足を折り曲げ、枕に顔を埋めて一向に訪れない眠気を待つ。

 洗面所の方からばたりと扉を閉める音。少しずつ足音が近づいてきている眠気。まどろみ始めたところで、頭を覆う布の存在に気が付く。布で軽く覆われた頭を、ガシガシと布越しにかき回す少しばかり大きい手。それはカイのもので、十分に乾かしていない俺の髪の毛をタオルで豪快に拭いている。拭いているというよりは、髪の毛をこねくり回しているようだ。幼い子どもの頭をふざけて拭くような、そんな感じの。




「ヒョン、やっぱりこの色似合いますね」
「そうか?だいぶ汚くなったけ、ど」
「…もしかして、さっきまで発作出てました?」
「薬飲んだから、大丈夫だ」
「やっぱり…だから勝手に自分でやるなって、スホヒョンも言ったんじゃないですかね。一人しかいないのに何かあったらどうしてたんですか」





 カイがあからさまに怒りの色を含めた言葉を放つ。髪をこねくり回す手は止めず、沈黙。微かに残った染色剤の刺激臭が鼻を掠める。整い始めていた呼吸がまた少し、乱れる。気づかれないように再び顔を枕に押し付けると、カイが手を止めた。





「ヒョン、…それじゃあ拭けないですって」
「…もう、十分だろ」
「黙ってこのまま拭かれるのと、あとでスホヒョンに叱られるの。どっちがいいですか」





 勝手をしたことは認める。キッチンのシンクを汚したし、タオルも一枚ダメにした。それは悪かった。乱れ始めた呼吸を隠そうとするたび、視界が歪み序でに思考も乱れる。もう少し強い薬に変えてもらおうか。そうするときっと、今度はギョンスが怒る。何をしたって、怒られるのだ。




「ヒョン」
「…、は」
「ゆっくり深呼吸、して」
「、、は、あ」
「吸入器どこ」





 空になった吸入器を指さす。カイはそれを手に取ると軽さで勘付いたのか舌打ちを漏らす。カイがうつ伏せの俺のお腹部分に腕を差し入れ、ぐるりと仰向けに見事に転がった。「おきて」と言われ、上体をゆっくりと起こす。

 しばらくすると、呼吸が幾分かましになってきた。ベッド脇に腰かけているカイの肩に額を乗せ、ふう、と大きくゆっくり息を吐く。軽く咳き込むと、痰が喉の方から湧き上がる。飲み込もうと喉に力を入れる。うまく飲み込めず、また咳き込む。こんこん、と繰り返される咳。口の中で転がる痰を吐き出したい。うまく出来ない。なぜだか涙が溢れてくる。





「ヒョン、はい」





 差し出された薄いティッシュペーパーに、口内の痰を吐き出すと気分までもが爽快になった気がした。丸めたティッシュペーパーを通じて、吐き出した痰の生暖かさが伝わってきてとても気持ちが悪い。丸めたそれを勢いよく、ゴミ箱めがけてスローイング。ゴミ箱に届く前に、音もなく床に落ちた。すかさず差し出されたティッシュペーパーを受け取り、それで頬を伝う涙を拭いた。濡れて丸まったそれも、ゴミ箱めがけてスローイングするが見事に届かず。ゴミ箱の前で丸まった、二つのティッシュペーパー。下手くそ。カイが笑いながら小さな声で、そう言った。

 丸まって床に転がる二つのティッシュペーパーが、虚しい俺たちの今に、少しだけ似ていた。




→Fin
KとK



 部屋で読書をしていたはずのクリスヒョンが、非常にゆったりとした足取りでリビングにやってきた。

 くだらない休日のバラエティを垂れ流しながら、ソファに寝そべって携帯を弄り倒していると、部屋から出てきた兄の様子が少しおかしいことに気が付く。けれど、さして気にも留めずにそれを受け流し、携帯とバラエティに神経を戻した。

 兄は昼飯になるようなものを物色しているのか、冷蔵庫を開け放したまま激しい物音を立てている。今日のお昼ご飯は確か、冷凍庫に入っているもので適当に済ませておいてくれとギョンスヒョンに言われていたのを今時分思い出した。それを伝えようと携帯の電源を落とし、冷蔵庫のなかを物色している兄を見やる。広い背中がくの字に折れ曲がり、その背中から荒い息を繰り返していることがありありと伝わってきた。





「ヒョン、昼飯なら冷凍庫にありますよ」





 背後から兄の広い背中に向けてそう声を掛けると、半分ほど冷蔵庫のなかに突っ込んでいた顔を出した兄の顔色が、とても悪い。冷やされ続けたということを抜かしても、顔に色がないところまで来てしまっている。元から白い肌の色が、それを通り越して最早青白い。もしやと思った時には、口から言葉が滑り落ちていた。





「薬なら、部屋にある机の引き出しって言ってませんでした」
「…あ、そうか」
「大丈夫ですか」
「ああ、まだ平気だ」
「早く飲んだ方がいいんじゃないですか」




 その言葉に小さく「そうだな」と漏らした兄の呼吸が、段々と早いものに変わっていく。薬の袋を取りに行ったのか、兄は部屋の方へと消えていった。

 彼が喘息もちだと判明したのは、つい最近のことだ。雑誌の撮影中に断って席を立った兄が、お手洗いの鏡の前で苦しそうに蹲っているところを発見したのが、そのことを知る切っ掛けだった。後日、酷いほうなのかと密やかに問うと、彼は「普通より少し重い、ぐらい」と柔らかい表現でもって、答えを濁したのだ。

 薬の入っている袋を手にして戻ってくると、キッチンの戸棚からグラスを一つ取り出し、そこに水道水を注いだ。そのまま薬を飲むのかと思いきや、水の入ったグラスを持ったままリビングへと移動して食卓用テーブルの椅子に腰を掛け、ふぅと一息。兄は薬の入った袋からシートを取り出してから、必要な分だけを指で押しだし、それを口に含んだ。シュガーコーティングが溶けないうちに水道水で胃に流し込む。切り取った分のシートを大きい手でぐしゃりと握り潰し、テーブル横に置かれたゴミ箱へ投げ入れた。残りのシートは丁寧に袋にしまい、それを持って兄はまた部屋へと戻っていった。

 再びリビングに戻ってきた兄の呼吸は、未だに荒い。薬を飲む前よりも悪化の一途を辿っているようにも思えるのは、気のせいなのだろうか。





「寝るんですか」
「寝たいけど、まだ無理だな」




 手にしていたグラスに残った水を一息で飲み干したあと、上がっていく息を整えるかのようにして深い息を吐く。それを数度繰り返したあと、顎を上げて小さく舌打ちをした。




「小説の続きを読みたかったんだけどな」
「読めばいいじゃないですか」
「いま読んでも頭に入ってこない」




 依然として荒い息を繰り返しているが、薬は先ほど飲んでいる。以前、タイミングを逃すと効き目が遅くなり、結局は発作が起きるのだと兄は言っていた。これ以上悪化したならば、病院に行くべきなのだろうか。最悪の結末を、思い描き始めていた。

 そんな心配をよそに、兄はどかりとソファに沈み込み、垂れ流していたバラエティを見始める。そんな兄の隣に腰をおろして膝の上に頭を乗せて寝転ぶと、兄はちらりと一瞥しただけでまた視線をテレビに戻した。

 膝の上に頭を預けて拒否されないのをいいことに携帯を弄り始めると、バラエティを見ていた兄が軽い咳をした。その振動が伝わり、危うく携帯が手から滑り落ちそうになった。一度の咳で箍が外れたのか、兄は上体をソファの背もたれに預け、幾度か咳を繰り返した。楽な体制を見いだせないのか、上を向いたまま苦しそうに咳を繰り返す。そろりと膝の上から退くと、途端に上体を折り曲げ、痰が絡んでいて苦しそうな咳を繰り返した。発作は悪化の一途を辿っている。全身で咳き込み、口を右腕で覆う。痰が喉に絡まっているのか、苦しんでいる。

 ソファから立ち上がり、先ほど兄が薬のシートを捨てたゴミ箱を取りに行く。そっとそのゴミ箱を差し出すと、兄はそこに顔を埋めて、何度も淡を吐きだした。



「じょん、いな…、」


 兄は咳込みながらも、独特の低い声で言葉を続ける。


「…た、すけ…てくれ」




 兄はこういう時、物凄い勢いで「生」というものにしがみ付く。その様は普段の舞台上とは正反対に、酷く無様で、そして切ない。

 兄の部屋へと趣き、吸入器を手にリビングへ戻る。吸入器を口に含ませ、突起を押す。兄は目を細め、横目でゴミ箱の中の残骸を一瞥した。ほとんどが痰と混ざった胃液。それにしても、かなり吐き出したなと思う。

 吸入器を口に含んでいる兄は、溺れた魚に似ている気がした。








 あれから膝の上で丸まって眠りにつき、すっかり憔悴しきった様子で整った寝息を静かに立てている。普段であれば兄のしなやかで大きな身体に憧れを抱く。だが、その兄が助けてくれと酷く無様な姿で懇願をする。生と死の狭間で揺蕩う姿を見て、何度も密かに笑う。

 しなやかで、強かで、それでいてあの優しい腕に抱かれてみたいとも思う。兄が生への執着合図を見せる限りは必ず、手を伸ばすのだろう。自分がいて、兄がいる。互いに安堵しあえる関係になれたら、と。そんな甘い白昼夢を見た。

 テレビは未だに、くだらないバラエティを垂れ流していた。




→Fin




 ― ベッキョン貰うから。

 不敵な笑みを浮かべた友人が、深夜のコンビニのレジカウンターに、ペットボトルのスプライトを置いたところから唐突に話が始まる。一瞬彼が何を言っているのか理解できず、脳内がフリーズ機能を総動員。再起動のボタンを押したのも、目の前で不敵に笑う友人のジョンデだった。煙草が陳列されている棚を指さし、キャスター頂戴とつっけんどん言い放つ。また甘ったるい銘柄を吸うもんだと、指定された煙草のケースを一つ取り出し、バーコードをスキャン。お会計、六百九円です。他人行儀に言って見せると、ジョンデは生返事で財布からくしゃくしゃの千圓礼を取り出し、そのままレジカウンターに置いた。





「釣りは」
「いらない。それよりさっきの本気だから」
「さ、っきの」
「忘れたの」




 珍しい銘柄の煙草を注文するものだから、うっかり忘れていた。いや、実際は忘れようとしていただけなのかもしれない。つり銭の三百九十一円をぎゅうと握りしめ、いつもは決して見せない真剣な顔つきをしたジョンデを見据える。高校からの気心知れた友人の彼だが、浮かべた笑顔の裏側では何を考えているかは毎度のように測りかねる。四年も経てば多少なりとも、上手なあしらい方も見に就くだろうとは思ったが、笑顔の鉄壁はそう簡単に崩れることは無かった。今もどう反応を返すべきかで、童話の兄妹が暗い森の奥へと迷い込んでいくかのように、様々な考えが浮かんでは消えていった。

 やっとのことで喉から絞り出した言葉は、商品を袋に入れるかどうかのこと。まるで嘲笑うかのように口角をきゅっと持ち上げたジョンデは、「いらない」と言って提案を見事に一蹴した。袋を取り出そうと上げかけた腕をすごすごと下げ、ジョンデが財布をスキニーの尻ポケットに突っ込むところを観察。いつ見ても尻が小さい奴。そう感心していると、ぱっと顔を上げた彼の目線と図らずも視線がかち合ってしまった。「なんか用」。これまたつっけんどんな言葉が飛んでくる。用事があって来たのはお前の方だろ。言いかけて辞める。わざわざ深夜アルバイトの時間を見計らっていたことは、百も承知だ。





「貰う、とか。あいつは物じゃねぇし」
「でたでた。その、元から俺のだしみたいな言い方。なにそれ」
「もう、ほんと何なのお前」
「何なのはこっちの台詞なんだけど。何回も約束すっぽかしておいて言う言葉がそれ?お前が言い出したんじゃん。水曜日は一緒に夕飯食べるって」





 その約束を取り決めたのは、確かに在りし日の自分。初めは、ジョンデが大学入学と共に一人暮らしを始め、少し経った頃から音沙汰がめっきり無くなり、寝食の心配をしたベッキョンが提案したことだった。持ち掛けたのは自分で、ジョンデはそれを二つ返事で聞き入れた。大学三年の初めまでは、その約束はきっちりと守られていた。時折、彼にもゼミの飲み会が入っていたりしてやむを得ず守れないことはあったが、その時はきちんと別日に埋め合わせをしていた。しかし夏休みを過ぎたころから課題に追われるようになり、同居人のベッキョンと会話をする機会が減ったことで、ジョンデを夕食に誘わなくなっていった。

 同居人のベッキョンとは物心がつく前からの長い付き合いで、同じ大学への進学を機にルームシェアを始めた。言葉にしなくても伝わる、一種のテレパシーみたいなものが互いの間にあると信じて疑わなかった。それも今や、過去の話になっている。彼が隣にいるという居心地の良さに甘んじてばかりではいけないと、距離を置き始めたのは自分からだった。それが今、こういった結果になるとは思ってもみなかった。甘い、考えだったのだと。





「それでも、守れない時だってあるだろ」
「それが一か月も続く理由は?というか、お前一体いつ家に帰ってんの」
「明け方、とか」
「ベッキョンがまともに飯食ってないの知らないだろ」




 え。そのあとに続く言葉が出てこず、固まる。深夜のコンビニを訪れる客が少なくて良かったと、今さらながらに思う。ベッキョンは元から食に興味がある方ではなく、放って置けば二日ぐらいは食物を口に含まないことがザラにある。そうならないようにとベッキョンの家族からも念押しされていたというのに、今の今まですっかり頭から抜けていた。呆けていると、ジョンデが会計を済ませたばかりの煙草の透明フィルターを剥がして蓋をあけ、一本抜き出した。財布を突っ込んだ方とは逆の尻ポケットから百円ライターを取り出し、フィルタの先端に火を点けた。

 ぷかぷかと浮かぶ煙草の煙とむせ返るほどの甘ったるいバニラの香り。煙草なんて似合わない。ジョンデは、いつの間にか煙草を吸うようになっていた。自分の知らないところで、様々な変化が日々繰り返されている。火曜日に行くあの家の珈琲の味も、金曜日に行くあの家のカレーライスの味も。週替わりで、味が変わっていた。そう思うほどに、ベッキョンと夕食を共にしていない日の多さに愕然とした。





「そうやってさ、勝手に結んだ結び目を解くことなんて出来ないんだよ。ずっと前から、固く結んであったんでしょ」
「…結び目」
「後悔するよりも先に、することがあるんじゃないの」
「なあ、ジョンデ。…今からでも、遅くないよな」
「物事に遅いも早いもないよ。気が付いた時がまさにその時って言うでしょ」





 そうだよな。そう小さく呟くと、煙草の煙が眼前を覆った。その甘ったるい香りにむせ返ると、ジョンデがけらけらと腹を抱えて笑う。何が面白い。言いかけて辞める。ジョンデの楽しそうに笑う顔を見たのは、何時ぶりだろう。そう思うほどに、時は過ぎていた。

 尻ポケットに忍ばせていたスマートフォンを取り出し、カカオトークのアプリを開く。たったの一行を送り、アプリを閉じる。目線を上げると、によによと不敵な笑みを浮かべたジョンデの姿。何が面白い。今度こそ言葉にすると、「なんでもない」と言ってまた、不敵に笑った。一本目の煙草を吸い終え、二本目に手をつけようとしていた。身体に悪いぞ。その言葉を背に受けながら、ジョンデはコンビニの自動ドアを抜け出ていった。閉じた自動ドアの向こうから、甘ったるいバニラの香りが漂ってきた。それが、彼なりの別れの挨拶だった。

 ジョンデが出ていった自動ドアの向こうを見ていると、尻ポケットでスマートフォンが震えた。急いで取り出し画面を見ると、ベッキョンからの返信。”まってるよ”。その一言が、彼なりの精いっぱいの強がりだった。

 外の空は段々と、明けはじめていた。



→End.


 ― 毎週、水曜日。週の丁度ど真ん中の日が、一週間の中で一番の楽しみだった。





 久しぶりに訪ねたそこは、すっかり様変わりしていた。

 高校からの友人であるベッキョンとチャニョルが大学への進学を機に二人暮らしを始めるというので、初めのうちは頻繁に泊まりに行っていた。そのうち大学の課題に追われるようになると、自然と足が遠のいた。大学一年の夏休み、自宅で課題に追われているとメッセージの受信を知らせる着信音が響く。集中していたこともあり返信を後回しにして数時間後、大量の質問文とお説教メッセージが送られてきていた。あとで聞くと、音沙汰が無さ過ぎて心配だったからとのこと。そのことがきっかけだったかは今でも不明だが、生存確認も兼ねて毎週水曜日は彼らの家で夕飯をご馳走になることを一方的に決めつけられた。

 大学も三年になり、課題の数も減ることは無く慌ただしい日々を送っている。今でも相変わらず毎週水曜日に御呼ばれはしているが、以前のように毎週のように赴くことは無くなった。実に今日が一か月半ぶりだが、今回は少しばかり事情が違っていた。数日前、家主の一人であるベッキョンから一言「しぬ」というメッセージが入った。普段からあまり弱音を吐くタイプの人間ではないので心配になったが、自分のことで手いっぱいだったその時は仕方なしに受け流すことしか出来なかった。それから数日経った今日、諸々の目途をつけてここを訪れている。

 宵の口を過ぎた室内は明かりも点けられておらず、真っ暗闇のなかで静寂だけが息をしている。ぱちりとリビングの明かりをつけると、部屋の悲惨さが目に飛び込んでくる。ダイニングテーブルの上に散らばった、コンビニで買ってきたと思われる空になった弁当容器。リビング奥にぽつんと置いてあるソファの上には、脱ぎ捨てられたままの洋服たち。キッチンは誰も手を付けていないようで綺麗なまま。家主の姿は見当たらないので、自室で死んだように眠っているのだろう。

 肝心の家主を起こしに行く前に電子レンジに買ってきた包装米飯を突っ込み、スイッチオン。レンジが回っている間にシンク下の戸棚から小ぶりの鍋を取り出す。そこに水を張り、火にかける。加熱し終えた包装米飯を、勝手に食器棚から取り出した丼にあけ、湯が沸くのを待つ。沸きすぎる前に火を止め、それを丼にあけたインスタントのごはんの上からかける。適量で止め、これまた買ってきた梅干しを一つ乗せて即席粥の完成。少し冷めるのを待っている間に冷蔵庫の中身をチェックすると、見事にすっからかん。はあ、と一つため息を吐いてから、粥の入った丼とレンゲを持って家主のいるだろう部屋へ向かった。

 部屋の明かりを点けると、ダブルベッドの中央に見事にこんもりとした布団の山が出来ているのが見えた。そこにいることは確かで、大きめの声で言葉をかけるも反応は無し。ベッド脇に置かれた小机に丼を置き、本格的に起こしにかかる。がばりと布団を剥がし、うつ伏せで現れた人物の背中を叩く。起きろ。優しく声を掛けるも爆睡しているのか、これまた反応無し。耳元で大きく覚醒を促すと、あることに気が付く。意識しなければ気が付かないだろうが、耳元という近距離に来てしまったので嫌でも気づかされた。




「……おい、泣くなよ」
「、っ…」




 そう。家主であるベッキョンという男はダブルベッドの中央でうつ伏せで蹲り、静かに泣いていたのだ。最後に会った一か月前より一回り小さくなった気のする身体を折り曲げ、声も出さずにぼろぼろと涙の滴をシーツに染みこませている。起きるよう促すも、嫌だという風に首を横に振る。これでは折角の粥が冷めてしまう。両の肩を掴み、そのまま引き起こす。一回り小さくなったことで自分よりも軽い体重になったようで、簡単に起こすことが出来た。ベッドヘッドに寄りかかるように促し、小机の上に置いた粥を手にする。

 レンゲで一匙粥を掬い、それをベッキョンの口元に運ぶ。一度は拒んだが、嫌でも口を開けるように強めに言うと渋々口を開く。補食までは出来た。次に、咀嚼。ゆっくりともたついきながらも顎は動いている。次に、嚥下。これも問題はなさそうだ。粥の入った丼を手渡すも己で食べる気はないようで、丼を手にしたまま腕はだらんと下がっている。仕方なしにレンゲを持って粥を掬い、それを口に運んでやる。食べる気は多少なりともあるようで、非常にもったりとした様子ではあるが食べている。一安心。

 最後の一匙を掬って口に運ぼうとした刹那、手に生ぬるい滴が滴った。気にも留めず口元までレンゲを持って行くと、口元は固く結ばれている。噛みしめられた下唇からは、血が薄らと滲んでいる。レンゲを持った手の小指で口唇に触れ、緩めるように声を掛ける。少しだけ開いた唇の前にレンゲを差し出すと、ゆっくりと唇が開き、最後の一匙を口に含む。柔い粥を何度も何度も噛みしめながら、瞳からはぼたぼたと涙の滴を流す。




「今度もまた喧嘩したの」
「……、」
「違うの」
「、、ん」
「チャニョルは」




 その名前を出した途端、ベッキョンの身体がびくりと上下に動く。流れ終えた涙は見事にシーツを濡らし、その部分が透明に光っている。言葉を発する気力すらないようで、ただただ押し黙っている。無理に聞き出すこともせず、未だにベッキョンが手に乗せたままの空になった丼を受け取り、ベッドから立ち上がる。荒れ果てたリビングへ戻り片付けでもと思った刹那、服の裾を弱く掴まれる。視線が確かに、行かないでくれと言っていた。はあ。一つため息を吐いてから、丼だけは片付けたいからと一言告げ、急ぎ足でリビングへ戻る。キッチンにだけついている証明を頼りにそこまで行き、空っぽのシンクに丼を置くと、寝室へ戻る。

 家主は、ベッドヘッドに寄りかかって両足を抱え込んでいる。相当なことが起こったとしか思えない状況。未だに肩に背負ったままだったバックパックを床に適当におろし、ベッドに上がる。両の膝に頭をもたげたベッキョンの横に腰をおろし、肩に頭を乗せる。元から小柄な体格ではあったが、更に小さくなっている。頼り無げな肩に乗せた頭を上げ、真っ直ぐ前を見据えるとそこにはチャニョルの使用しているクローゼット。上段に綺麗に並べられた、彼が愛用しているキャップの数々。中段にはジャケット。下段には、衣装ケースいっぱいに詰め込まれたTシャツ。




「ベク」
「……なに」
「何があったのかは詳しく聞かないけど、喧嘩じゃ…ないんだよね」
「…違う、と思う」
「いつから飯食ってないの」




 ― ざっと、一週間とちょっと。

 返ってきた言葉に驚愕する。元から量を食べたり食に興味のあるタイプではないという認識はしていたが、一週間と少し飲まず食わずとは思いもよらない言葉であった。明るさと喧しさだけが取り柄のような男が、笑いもせず言葉も発さず、暗い部屋でただ一人。静かに涙を流している。時計の秒針が進む音だけが響くだだっ広い部屋で、いったい何を思い、何を考えていたのか等は知る由もない。極限状態のなかでは、碌な考えなど浮かばないだろう。

 もう一人の家主であるチャニョルの服を着ているようで、大分肩の部分がずれている。すん。鼻を鳴らすと、微かにチャニョルの愛用している香水が香る。辺りを見渡すと、来た時には気が付かなかったが、小机の上に香水の小瓶が置かれている。きっと、ベッキョンが空気中に香りをばら撒いてでもいたのだろう。そこまでしなければならない理由を知る権利は、与えられていない。一気に空気を肺に取り込み、そのまま空気を音に変える。家主のことなど無視をして、気に入っている曲を口ずさむ。この場にはそぐわない曲だということは理解しているが、今この場で自分に出来ることがそれしか見当たらなかったのだ。

 ぼたぼた。雨が降るかのように止めどなく涙を流し、時折嗚咽を漏らす。嗚咽が聞こえるたび、心臓の奥が締め付けられる苦しみに歌声がぶれる。フェードアウトするように歌い終えると、隣からは「馬鹿」という言葉が飛んできた。




「なんつー歌を、聞かせるんだよ…」
「うるせー。やっと無駄口叩く気になったか」
「、…てんきゅ」
「ぶっ」




 元々の細い瞳が更に細められ、不細工な笑みが浮かぶ。細めた目じりからは、一筋の涙が流れていった。広い襟ぐりでその涙をふき取ると、大きく息を吐く。やっと少しばかり、普段の彼が返ってきたようだ。息を落ち着かせたベッキョンは唐突に、ここに至るまでの経緯を洗いざらい述べ始める。
 
 初めは単なるすれ違い。互いにアルバイトを始めたことで段々と会話が減り、家に二人でいる時間は一日を通してほんの数時間あるかないか。そんな中で深夜のアルバイトを始めたチャニョルは一層、家に寄り付かなくなり始めた。どれだけ互いに忙しくとも毎週水曜日だけは夕飯を共にする約束も、いつの間にか守られることが減っていき、最終的には二日やそこら家に帰ってこない日も出ていたという。そして等々、この一週間チャニョルは家に帰ってきていないというのだ。それが、この家を訪れることの無かった一か月半の間に起きたことの一部始終だった。





「お前らって、いつからの付き合いだっけ」
「…ガキん頃から」
「小学生とか?」
「違う。…物心、つく前から」




 ― 結構、長いのな。

 漏らした言葉に自己嫌悪している自分がいたことに、驚いた。高校時代から見ていた二人の関係は、熟年夫婦なんていうのは通り越した先の最早、一心同体というところに近いソレが見受けられた。言葉が無くても通じるというよりは、目線だけで相手の考えていることや為そうとしていることを汲み取ることが出来る域にまで達していた。そんな二人が、今生活圏を共にしていない。高校から付き合いがあるといえども第三者の目から見ても、その状況は今までの二人の姿を逸脱していた。

 行き先の目星は無いのかと問うも、そんなものは何処にもないと強い口調で答えが返ってくる。すん。鼻を鳴らすと、目の奥が痛む。なんで関係の無い俺が泣きそうになっているのだか。そっと、心の内で自嘲した。

 長らく放置されていたタブレットにメッセージが入る。どちらのものかと互いに確認し合うと、どちらもに同じ人物からのメッセージが来ていた。ベッキョンは見られないと言ってタブレットを逆向きにベッドの上に置く。確認の表示をスライドすると、カトクが自動的に開く。ビーグルと書かれたトークルームに表示される、新着メッセージ。わざと声に出して読み上げると、ベッキョンがまた両足を抱えて膝の上に額を乗せる。チャニョルからのメッセージはなんてことの無い、毎週水曜日の会食が出来なくて申し訳ないという謝罪文。お前どこに居んの。返信を打ちかけ、慌てて消す。「分かった」とだけ送り、アプリを閉じた。




「夕飯、一緒に食べられなくてごめん、だと。…なんだかなあ」
「でもさ、」
「ん?」
「…今さら、嫌いになんて…なれないんだ」




 ― そんな自分が憎らしい。

 ぽつりと呟いた言葉と共に流れた涙は、誰のものでもない。それは、ここに存在しない、長身の声が低くてでかい喧しいばかりの男だけが拭うことを許された物。すん。吸いこんだ乾燥した空気の中に混じる、彼の香水の香り。ああ、なんて胸糞が悪い香りなのだろうか。

 これからはきちんと時間を作り、なるべく夕飯を共に出来るようにする。そう告げると、ベッキョンは困ったように笑った。すっかり伸びた襟ぐりで残りの涙をふき取り、一言。美味しいもの作ってくれよな。



 僕の知らぬところで、一つの恋が終わりを告げていた。