第2話
「なんでLINE一通で悩めるんだろう」
「LINE交換しません?」
その一言で、
人はあんなに動揺できるんだなと思った。
しかも、言われた瞬間。
「え、あ、いいよ」
って、めちゃくちゃ普通を装った。
たぶん失敗してた。
その日のバイトは、比較的平和だった。
お客さんも少なめで、レジも落ち着いている。
新人のあの子も、
だいぶ慣れてきたみたいだった。
「伊藤さん、袋詰めめっちゃ綺麗ですね」
突然そんなことを言われて、
「え?」
って変な声が出た。
袋詰め。
人生で褒められることあるんだ、そこ。
「なんか、入れ方うまいです」
「いや、長いだけだよ」
そう返したら、
「プロってことですね」
って笑ってた。
その笑顔見てると、なんか調子狂う。
休憩中。
バックヤードでスマホをいじってると、
その子が横に座った。
「伊藤さんって、LINEとかします?」
「え、まぁ普通に」
“普通に”ってなんだ。
最近、自分の返事全部ふわっとしてる気が
する。
「よかった」
そう言いながら、その子はスマホを取り
出した。
「シフト変わる時とか連絡したいので、
交換しません?」
たぶん、その瞬間。
心の中で小さい花火が上がった。
でも顔には出さないように頑張った。
「いいよ」
たぶん0.2秒くらいで返した。
早すぎた気もする。
「へぇ〜」
夜。
帰宅してすぐ、
猫がニヤニヤした顔でこっちを見ていた。
「なに」
「LINE交換したんだ?」
「なんで知ってんだよ」
「顔」
ムカつくくらい即答だった。
ソファに座りながら、LINE画面を見る。
追加された名前。
アイコン。
トーク画面。
……なんか緊張する。
いや、なんで?
別に付き合ったわけでもない。
ただLINE交換しただけだ。
それなのに。
“いつでも連絡できる状態”になっただけで、
世界がちょっと変わった感じがする。
「で、送らないの?」
猫がテーブルの上から覗き込んでくる。
「何を」
「“今日はありがとうございました😊”
とか」
「いやいやいや」
即否定する。
重い。
絶対重い。
まだそこまでじゃない。
「じゃあ“お疲れさまです!”は?」
「バイト終わりに送る距離感じゃないだろ」
「難儀だねぇ、人間」
猫は呆れたみたいに伸びをした。
でも実際、悩んでいた。
送るべきか。
送らないべきか。
送るとして、どんなテンションが正解なのか。
「お疲れさまです!」
は真面目すぎる気がする。
「今日はありがとうございました!」
は距離近い?
絵文字は?
笑は?
句読点って冷たく見える?
……なんなんだこれ。
「好きな人相手だと、
人類みんな文章おかしくなるよね」
猫がぼそっと言う。
「好きじゃないし」
「はいはい」
完全に信じてない顔だった。
結局、十五分くらい悩んで。
最終的に送ったのは、
『今日はありがとうございました!』
だった。
めちゃくちゃ普通。
無難。
でも、“!”をつけるかで三分悩んだ。
送信ボタン押したあと、
「あ、やっぱり絵文字あった方が
よかったか?」
とか思い始める。
終わってる。
「送ったあと反省会するの、人間あるある
だよね」
猫がクッションの上で丸くなる。
「うるさい」
「“あの一文いらなかったかな”とか考えてる?」
図星だった。
なんなら今、“ありがとうございました”がちょっと堅かった気がしている。
スマホを見る。
既読はつかない。
そりゃそうだ。
まだ送って二分だ。
なのに長い。
めちゃくちゃ長い。
「ねぇ」
猫が眠そうに言う。
「さっきから三十秒おきにスマホ見てるよ」
「見てない」
「見てる」
「……ちょっとだけ」
その時。
スマホが震えた。
反射で手に取る。
返信だった。
『こちらこそありがとうございました!』
そのあとに、
『袋詰め、今度また教えてください笑』
って来てた。
その瞬間。
なんか、ちょっとだけ嬉しくて。
一人でニヤけそうになった。
「うわ」
猫がドン引きした顔をする。
「今めちゃくちゃ顔緩んでた」
「うるさい」
「恋って怖いねぇ」
猫はしみじみ言う。
返信を打とうとして、また止まる。
なんて返す?
“笑”ってつける?
軽い方がいい?
いや、ここで頑張りすぎると変か?
さっきより悩んでる。
「ねぇ」
猫が半分寝ながら言う。
「LINE一通でこんなに悩めるの、
才能だと思うよ」
その言葉で、思わず吹き出した。
ほんと、何やってるんだろう。
でも。
たぶん恋って、
こういうくだらない時間が一番楽しい。
そんな気がした。
結局、
そのあと返信を考えるのに二十分かかった。
そして送信したあと、また反省会が始まった。
たぶん、人類はずっとこれを繰り返してる。
