第3話

「脈ありかどうか会議」



「これ、脈ありだと思う?」

夜。

ソファに座ったまま、
スマホを見つめながら聞くと、
猫は心底どうでもよさそうな顔をした。

「また始まった」

「いや、今回はちゃんと理由あるから」

「前回も言ってたよ」

確かに。

でも今回は違う。

たぶん。

今日のバイトは、シフトが被っていた。

しかも、割と長め。

つまり。

いっぱい話せた。

……気がする。

「伊藤さんって、休みの日何してるんですか?」

レジの合間。

突然そう聞かれて、一瞬止まった。

「え、まぁ……家いたり?」

なんだその回答。

広がりゼロ。

会話下手すぎる。

でも、その子は笑いながら、

「インドアなんですね」

と言った。

「そっちは?」

そう聞き返すと、

「カフェ行ったりします。あと猫カフェ好きです」

って返ってきた。

猫。

その瞬間、なぜか家の猫の顔が浮かぶ。

なんか悔しい。

「へぇ」

夜。

帰宅してその話をすると、
猫はちょっと得意げな顔をした。

「ついに時代がボクに追いついた?」

「違う」

「その子、見る目あるねぇ」

「お前じゃなくて猫全般な」

猫は聞いてない顔で毛づくろいを始めた。
でも問題はそこじゃない。

問題は、そのあと。

品出ししてる時。

その子が急に、

「伊藤さんって、なんか話しやすいですよね」

って言ったのだ。

……話しやすい。

これ。

どうなんだ。

「で?」

猫がこちらを見る。

「それで、脈あり判定会議を始めたわけだ」

「いや、だって普通そんなこと言う?」

「言うでしょ」

「え?」

「人間、割と喋るよ」

ぐうの音も出ない。

でも、ちょっと期待してしまう。

話しやすい。

それって悪い印象じゃないはずだ。

いや、むしろ良い。

たぶん。

少なくとも、“怖い”とかではない。

つまりプラス。

……プラスだよな?

「人間って大変だね」

猫がテーブルの上で伸びをする。

「“優しかった”だけで期待するんでしょ?」

「いや、別に期待してないし」

「じゃあなんで今、LINE見返してるの?」

図星だった。

しかも三回目くらい。

スマホを見る。

昨日のLINE。

『今日ありがとうございました!』

『こちらこそです!』

『袋詰めまた教えてください笑』

……“笑”ついてる。

これ、どうなんだ。

脈ありの“笑”か?

それとも普通の“笑”か?







「人間、“笑”に意味持たせすぎじゃない?」

猫が呆れたように言う。

「だって気になるだろ」

「ボク、“にゃ”に意味込めたことないけど」

猫は強かった。

「でもさ」

猫がこっちを見る。

「好きな人に優しくされると、全部特別に
見えるよね」

その言葉に、少し黙る。

たぶん、そうなんだと思う。

その子は、たぶん普通に優しい。

他の人にも笑うし、ちゃんと話すし、
気遣いもできる。

でも。

自分に向けられると、“もしかして”って
思ってしまう。

恋って、そういうフィルターがかかる。

「今日さ」

猫が前足をぺろっと舐めながら言う。

「その子、
他のバイトの人とも楽しそうに喋ってたよ」

「……知ってる」

「あ、ちょっと今ダメージ入った?」

「うるさいな」

分かってる。

分かってるけど。

ちょっとだけモヤっとする。

独占欲ってほどじゃない。

でも、“自分だけじゃない”って当たり前のことに、少しだけ落ち込む。

めんどくさいな、人間。

「でもさ」

猫が急に真面目っぽい顔をする。

「脈ありかどうかばっか考えてると、楽しくなく
なるよ?」

その言葉に、少しだけハッとした。

脈あり。

脈なし。

恋愛って、気づくとすぐ“判定”を始める。

相手の言葉。返信速度。笑顔。態度。

全部に意味を探し始める。

でも本当は。

今日、その子と笑いながら話せたこと。

それだけで、十分嬉しかったはずなのに。

「……なんか、お前たまに良いこと言うよな」

「人生2周目だからね」

「まだ言ってる」

猫は満足そうに喉を鳴らした。

スマホを閉じる。

正直、まだ気になる。

脈ありかどうか。

自分のことどう思ってるのか。

たぶん、これからもっと考える。

勝手に期待して。

勝手に落ち込む日も来ると思う。

でも。

恋ってたぶん、そういうちょっと面倒な時間ごと、
楽しいんだろうなと思った。

「で、結局どう思う?」

最後に聞くと、猫は眠そうに目を閉じた。

「んー」

少し間を置いてから言う。

「少なくとも、“どうでもいい人”ではないん
じゃない?」

その言葉だけで、ちょっと嬉しくなってしまう。

……ほんと、単純だなと思う。

でも、恋してる時の人間なんて、たぶんみんな
そんなものだ。