Case04
「トイレットペーパーは勝手に増えない。」



カラカラカラ。


トイレットペーパーが回る音がした。


ボクは廊下で丸くなっていた耳を少しだけ動かす。


この音は毎日聞こえる。


でも、不思議なことがある。


人間は毎日使うのに、


誰も「なくなりそうだなぁ」とは言わない。




昼過ぎ。


トイレのドアが開く。


「あ。」


小さな声。


ボクはその声を知っている。


芯だけが残っている時の声だ。




新しいトイレットペーパーを棚から取る。


袋を開ける。


芯を外す。


新しいものを差し込む。


たった三十秒。


それだけで終わる仕事。


でも。


その三十秒をしないと、次の人は困る。




ボクは思う。


人間って面白い。


なくなる瞬間は気づくのに。


補充された瞬間には気づかない。




夕方。


洗面所では、ハンドソープも少なくなっていた。


容器を持ち上げる。


「あ、もうないか。」


詰め替えの袋を持ってくる。


ゆっくり注ぐ。


最後に泡を一度出して確認する。


何もなかったように元へ戻す。




シャンプーも同じ。


ボディソープも同じ。


ティッシュも同じ。


ゴミ袋も同じ。


電池も同じ。


なくなって初めて存在を思い出す。


でも。


なくなる前に動いている人がいる。









夜。


子どもがトイレから出てきた。


「お母さーん。」


「なーに?」


「何でもない。」


ちゃんと新しいペーパーがあったから。


呼ぶ理由がなくなった。




家族は誰も気づかない。


「今日は補充してくれたんだね。」


そんな会話は聞いたことがない。


だって。


あるのが当たり前だから。




ボクは少し考えた。


もし。


誰も補充しなかったら。


家の中はきっと、


「ない!」


でいっぱいになる。




ティッシュがない。


トイレットペーパーがない。


洗剤がない。


ゴミ袋がない。


その「ない」が起きないように。


誰かが先回りしている。




人間は、


未来の困りごとを片づけている生き物なのかもしれない。




夜も遅くなった。


みんな眠っている。


静かな洗面所。


棚の中には、新しい詰め替えが並んでいる。


誰かが補充したから。


明日もまた、


何事もなく朝を迎えられる。




ボクは洗面所の前で座る。


何も起きない。


それでいい。


本当は。


何も起きない毎日を作る方が、


ずっと難しい。




今日も誰も言わなかった。


「ありがとう。」


でも。


ボクは見ていた。


芯だけになったトイレットペーパーを。


静かに交換する手を。


少なくなったハンドソープを。


こぼさないように詰め替える姿を。


全部。


ちゃんと見ていた。




人間って。


何かを「増やす」仕事より。


誰かの「困った」を、起こる前になくしている仕事の方が、多いのかもしれない。