第3話:

沈黙って、

こんなに気になるんだ



彼女と一緒にいる。

それだけで幸せだったはずなのに。

「……。」

「……。」

彼は、目の前に座る彼女をちらりと見た。

今日は二人でカフェに来ている。

付き合う前なら、会えるだけで嬉しかった。

何を話しても楽しかったし、少しくらい会話が
途切れても気にならなかった。

ところが、今日は違う。

さっきから、会話が続かない。

「そういえば、最近どう?」

「うん、普通かな」

「そっか」

……終わった。

彼はコーヒーを一口飲んだ。

何か話さなければ。

そう思えば思うほど、何も浮かんでこない。

頭の中では、話題探しの緊急会議が始まって
いた。

昨日見たテレビの話。
仕事の話。
最近食べたものの話。

どれも、なぜか今じゃない気がする。

一方、彼女はスマホを見ながら、楽しそうに
笑っていた。

「ねえ、これ見て!」

彼女が画面を見せてくる。

そこには、変な格好で寝ている猫の動画が
あった。

「あはは! 何これ!」

彼は笑った。

よかった。
話題が見つかった。

……と思ったら、動画が終わった。

また沈黙。

その頃、家では本物の猫がソファの上で寝て
いた。

猫は思う。

なぜ人間は、静かになると不安になるの
だろう。

こちらは毎日、何時間も黙っている。

誰も困っていない。

むしろ、静かな時間は大歓迎だ。

人間は、どうやら会話が止まると、
何か悪いことが起きたと思うらしい。

不思議な生き物だ。

しばらくして、
彼女がコーヒーを飲みながら言った。

「ねえ、私たちって、前より緊張しなくなった
よね」

「え?」

「付き合う前は、会うたびにドキドキしてた
けど。今はこうやって、のんびりできるのも
いいなって思う」

彼は、少し驚いた。

自分だけが、沈黙を気にしていたらしい。

「……そうだね」

彼は笑った。

「俺も、こういう時間好きだよ」

今度の沈黙は、さっきとは少し違っていた。

無理に話さなくてもいい。

隣にいるだけで、ちゃんと楽しい。

帰宅した彼は、猫の隣に座った。

「今日さ、彼女とずっと一緒にいたんだけど、
途中で全然話すことなくなっちゃってさ」

猫は、ちらりと彼を見た。

「でも、なんかそれも悪くないなって思ったん
だよね」

猫は、また目を閉じた。

そりゃそうだ。

こっちは毎日、何も話さずに隣にいる。

それでも、ちゃんと一緒にいる。

人間は、ようやく気づいたらしい。

ただし。

猫の場合、沈黙の理由はひとつ。

話すより、寝ていたいからである。

……人間も、たまには見習えばいいのに。