自分が経験者だと、いろんな人から離婚の相談を受けることも多い。

離婚しようかどうしようかと悩むくらいだから、やっぱりなにかしら原因があるということだ。どんなに些細なことでも本人にとってみれば大問題に違いない。

私は、「離婚を悩むくらいなら、別れてしまったほうがすっきりするよ」と、ついつい思ってしまう。事実、まわりの離婚経験者(特に女性)に、スッキリ感があるのは偶然ではないと思う。

ひとり寂しくなるのかなあ、
新しい出会いにめぐり合えるのかなあ、
楽しい時間はやってくるのかなあ、

そんな杞憂は、時間や友達が解決してくれる。
新しい環境に一歩踏み込むのは、ちょっと勇気がいるものだ。
もうひとつの解決方法としては病児保育があります。病気の子供だけを預かる保育施設です。しかし、数がとても少なく、利用したい日が満員だったり、自宅から遠ければ実質的に利用できないという問題があります。

例えば、朝発熱に気づいて病児保育施設に連れていっても、医師の診察を受けないといけません。その後、職場に向かったとしても、早くて昼前の出社になってしまいます。そして、夕方(病児保育施設は終了も早い)には、職場を退社しなければなりませんから、約3時間ほどしか仕事ができないということになります。どうしても当日処理しなければならない業務で精一杯です。

他の選択肢として、ファミリーサポートセンターの活用があります。これは、各市区町村が主体となって組織されているネットワークで、登録家庭に保育を依頼することができます。1時間数百円の有償ボランティアで運営されていますので、ベビーシッターより安いとはいえ、経済的負担は少なくありません。

もし保育行政に対して私が提案できるならば、既存の保育園に看護師を配置し園医と連携を図り、病児保育を可能にしてほしいと思います(現在でも多くの認可保育園には、看護師が配置されています)。子供も通い慣れた保育園のほうが安心して過ごせますので、ぜひ実現を望むところです。
対応として2つあると思います。通院や看護のために休暇をとりやすくする方法、もうひとつは、子供の病気等で突然休暇をとらなくても済む方法です。前者の場合、大抵有給休暇を利用して休むことになります。自分の休暇が減ることはさほど問題でなく、取りにくさが問題なのです。

休暇の申告を言い出しにくいのはなぜか。それは、休暇を取ることを理解してもらえるだろうかという不安なのです。その不安を取り除くためには、上司や同僚が良き理解者になることです。

保育園に通っていれば、他の子供から病気をうつされますし、みずぼうそう等の感染症は数日登園できません。また、日中、保育園で発熱、嘔吐、下痢、発疹などどれかひとつでもあれば、保育園から電話がかかってきて「すぐお迎えにきてください」と言われます。私も復帰後3ヶ月くらいは、毎週のように電話がかかってきて、いつになったら普通に仕事ができるのだろうかと思ったほどです。

これが通常なのですが、「あなたのお子さん病弱なんじゃないの?」「保育園に行かせてるから病気になる」ということを平気で言う人もいるそうです。保育園で病気をもらってくるのは仕方のないことであり、免疫機能の発達のためにみんなが通ってきた道なのです。ですから、「子供はよく病気をするものだ」ということを知ってほしいと思います。

そして、休暇を申請したり、早退するワーキングマザーには、一言「私で代わりにやれることがあれば遠慮なく言ってね」と、仕事のことは心配しないでいいよという気持ちを伝えるといいと思います。ワーキングマザー同士では、「お子さんの具合はどう?」など、お互いの理解を伝え合うような言葉かけをしたりしています。
ほとんどの自治体にファミリーサポート制度があります。

子供の保育をちょっとお願いしたい時などに、近所のおばちゃんにお世話してもらう有償ボランティア制度です。

私は、協力会員で、お預かりすることが時々あるのですが、その子と公園に行ったら、砂場に子供連れの親子が一組いました。世間話などしながら、子供の話になり、

「予防接種とかは、全部終わりました?」と聞かれて、
「ファミリーサポートでお預かりしてるので、詳しいことはわからないんです。」と答えました。

「実は、うちも登録だけはしてるんですが、まだ利用してなくて」
預けるとき、泣いてしまうのが心配だとか。
私の経験からすると、
「泣いているのは別れ際だけで、お母さんの顔が見えなくなるとケロッとしているんですよ」
別れがつらいのは、大人のほうなんですね、きっと。
子供が工作をしたいというので、パートナーが一緒に作っていました。
私は、ちょっと疲れていたので、朝寝坊。

でも、会話の様子を聞いていると、子供とケンカになりそうな気配。
もっと、大人が引いてあげるといいのになあと思いながら様子見することも、今日だけでなく、過去何回かありました。

子供が○才なら、親も○年生ってよく言いますよね。

ステップファミリーは、子供の実の親と新しいパートナーとでは、一緒に過ごした年月に違いがあります。私はこうしたらうまくいくのにとわかっていても、それをパートナーにも求めるのは、無理があるんじゃないかと思うのです。
「こうしたらいいのに」と言うのは簡単。だけど、それは、パートナーにプレッシャーを与えるだけになりそうだから、子供の成長と一緒に見守ることに、徹したい。

普通に働いていても「仕事を辞めたい」と思った経験は誰でもあると思います。ワーキングマザーになると「辞めたい」ではなく、「続けていけるだろうか」と悩んでしまうシーンに幾度となくぶつかります。

私はその中でもナンバーワンは、「子供が病気になった時」でした。なぜならば、子供が発熱や下痢をすると保育園は預かってくれませんので、会社を休まなければならないからです。よく誤解されることのひとつに、「子供が病気の時くらいそばにいてあげなさいよ」という人がいます。

理想はもちろんそうですが、そう簡単な問題ではありません。例えば自分自身に置き換えてイメージしてみてください。当日の朝、突然どうしても会社に行けなくなったと想定してみましょう。打ち合わせや会議の予定、提出しなければならない書類、清算しなければならない事務、これらをすべて突然キャンセルし延期することができますか?大変さを容易に想像できたのではないでしょうか。

この悪夢に職場復帰後、最初の1ヶ月間は毎週のように、1年後くらいまでは毎月のように悩まされるのです。病弱な子供の場合ではなく、ほとんどの子供がそうなのです。その度に「今日の仕事どうしよう」と考え込んでしまいます。立て続けに子供が病気をしてしまって、子供の病気と言えずに自分が発熱したと、職場に休暇の電話を入れる人もいるそうです。実際本当にそういう気持ちになります。

理解のある上司や同僚であれば休暇も気持ちよく承諾してくれるでしょうが、人によっては嫌味のひとつふたつあるいはリストラをほのめかされるということもあるかもしれません。こういう状況が働きにくさを生んでしまうのです。
今や、結婚した人の3組に1組は離婚し、結婚するカップルの5組に1組はどちらかが再婚だという。

もっと、離婚や再婚が身近な話題になってもいいような気がするのは私だけだろうか?
企業の規模にもよりますが、中小企業においては、まだまだワーキングマザーの存在は多くありません。しかしながら、女性の積極活用は、企業の活性化や成長に大きく影響を及ぼします。

女性を重要なポジションに配置するには、それなりの経験と実力を求められるのは当然のことです。その経験を積むには、ワーキングマザーの時期を乗り越えていかなければなりません。今はそのハードルが少々高いことが問題となっています。国としても、女性の社会進出や少子化問題、保育サポート事業など工夫はしているものの、実際のニーズに合わない政策も多く見られます。そのようなギャップは、実際の知識や経験不足、第3者の思い込みに起因しているように感じます。

制度や法律でのサポートには限界があり、やはり最終的には、身近な上司や同僚の理解してくれる姿勢が大きな支えになっています。しかし、どう理解し配慮すればいいのか、そういう情報はほとんどありません。

この私もワーキングマザーになったらどのようになるのかわからないまま突入してしまったのですから、無理はありません。しかし、この知識の無さが子育てしながら働くことを難しくしています。

家族や周囲の理解と協力なしには、やっていけないという現実があります。これを解決するには、ワーキングマザーとは一体どういうことなのか、ということを知っていただいて、お互いに理解し合うことから始まるのではないかと思っています。

※ワーキングマザーという言葉を使っていますが、子育てをしながら働くという意味ではワーキングファザーも含みますし、あるいは介護をしながら働く方も同様の問題を抱えていると思います。
うちの表札(ただ、紙に書いてはさんでいるだけですが)には、3つの姓を出しています。

ひとつは、パートナーの姓。
ふたつめは、私の旧姓。
みっつめは、私と子供の戸籍姓。

ひとつの表札に、複数の姓が書いてあるのは、奇妙に感じるかもしれません。でも、例えば、姓を変えたほうの親と3世代同居していれば、2つ以上は存在しますし、実際、よその家の表札を観察してみると多種多様です。

家族全員の名前まで掲示している表札。
住所も書いてある表札。
うす汚れてよく読めない表札。

ぜひ皆さんも今度散歩の時にでも、観察してみるとおもしろいですよ。

そういえば友人に、法律婚なのですが、旧姓も表札に掲示している人もいました。
しかも、旧姓・戸籍姓の順番でした。

時々、「うちは、ステップファミリーなんです」と説明する場面があるのですが、それを言った時の相手の反応はいろいろ。

「あ、すみません」といけないことを聞いてしまったかのように反応する人もいます。こちらは、全然構わないんだけど、瞬間的にそういう言葉が出てくるというのは、やっぱり、マイノリティ(少数派)に対してネガティブ視する文化があるのかなあと思ったり。

「あぁ、そうなんだ」と相槌をうったはいいが、その後の言葉が出てこない人もいます。結構これが多かったりするのです。きっと聞きたいことはいっぱいあるだろうに、遠慮してるんだろうな。

「お子さんは、どちらの子供さんですか?」とか気軽に聞いても平気なんですけどね。