再・target be Tokio2009/08/15 | ©猫と春風の花慈しみ愛で。心。

©猫と春風の花慈しみ愛で。心。

猫たちと暮らす穏やかでささやかな日常。
当たり前だけど、当たり前じゃない、
がかけがえない特別な宝物の瞬間瞬間。
一日一日大切に丁寧に重ねています。
(旧ブログ「神様がくれた宝物2007〜」より)


もうすぐ終戦記念日なので。
真に心豊かな平和を祈って。
神様がくれた宝物

target be Tokio



テレビで原爆投下についてのドキュメンタリーをやっていた。

それはアメリカ側の気持ちを探る旅というような設定で…

戦争について、私はあまり深く掘り下げては考えないようにしている。

忘れてはいけないことであるという認識はある。

多くの犠牲を経て、今の平和(と言い切れるかは分からないけれど)があるということも…

私の母方の叔父も、熱を出した兵士の代わりに飛び、空に散った。

まだ女性さえ知らぬ20歳という若さで…

整備が彼に与えられた仕事で飛ぶ予定は全く無かった。

ただ代わりに飛び、そしてラバウル上空に散った。

短かった命を決して可哀想だとは思わない。

そう思ったら彼の命に失礼だと思うから…

全てが間違っていたかも知れなくても、その時の彼の勇気は誇りに思いたい。

亡くなるまで毎年欠かさず慰霊祭に参加していた母見てきて、総理靖国神社参拝への賛否両論の意味が今でも理解できない。

つまらない論争だと思う。

国の為に散った命を敬うことが何故いけない?


第三の原爆投下の計画があったという。

それは東京…

敗戦となり、その計画はキャンセルになったそうだ。

アメリカでその計画、実験に携わった人達の多くが自らも被爆し、命を落としたという。

そして原爆投下に関わったある人物が、その後そのことで苦しみもがき自責の念を抱え、自身も被爆し心身共に病み、結果短い生涯を終えたと…

実際に被爆者として生存した日本人女性は『恨んではいない。その経験を平和の為に活かして欲しい』と語っていた。


過去の悲劇を見つめることは、その過ちを繰り返さない為にはとても大切なことかも知れない。


でも…


憎しみ、哀しみ、嘆き、悲観の中から生まれるものは同じ連鎖しかないような気もする。


だから、今ここに与えられた命に平和に、感謝の気持ちを持ち…

きちんと未来を見て大切に生きていきたいと思う。


もし戦争の犠牲者さえいなければ、私達のように産まれていたかも知れない遥か遥か多くの命達の分も…


未来の為に大切に生きていかなければいけない。


悲観している暇などない。


今日は瞬きしている間に過ぎ去ってしまう。

手を伸ばせる程近くに明日はある。


終わってしまった昨日を嘆くより、明日また笑える方がいい。


歳を重ね振り返った時…

いい人生だったと言えるよう

1日1日大切に重ねたい。

きっと何かできる。


穏やかで平和な時代に産まれても。
ちゃんと色々考えてる。







高校生の頃、父に「原爆の図展」というのを観に連れて行かされて。

観ておきなさいという
意味だったようで。

私はショックで打ちひしがれて、
一週間立ち直れなかったことを
記憶しています。

墨で壁一面の紙に大きく描かれた絵は
何も告げられなければ
正に現実にはあり得ないような
凄まじい地獄絵だったから。

本当に。

恐らく現実に
その通りであったのだろうと
想像すると、

心が悲鳴を上げて
涙がとめどなく溢れ落ちる。

観なくても良かった。
観ない方が良かった。

ずっとそう思ってきましたが、
観なければならなかったのだろうと、
今なら判ります。

如何に心の豊かな
優しい未来が大切であるか。

とことん心に刻まれる
出来事でした。