補足 | ©猫と春風の花慈しみ愛で。心。

©猫と春風の花慈しみ愛で。心。

猫たちと暮らす穏やかでささやかな日常。
当たり前だけど、当たり前じゃない、
がかけがえない特別な宝物の瞬間瞬間。
一日一日大切に丁寧に重ねています。
(旧ブログ「神様がくれた宝物2007〜」より)



この方は、所謂コレクターですね。

生活云々と書かれていますが、貪るように買わずにはいられない。

収集●。ブランド指向にも似た。

高価なものを買い漁り、自己のプライドと欲求を満たすもの。

「私に許された」「物!」「私に選ばれた」「物!」と断言しておられる。

その前に隠された「素晴らしい私」が付く。

動物で例えるならば「飼ってあげている」

私は神様から授けられた「宝物」を預かって飼わせてもらっている。

物に対しても同じ。

縁があって手元に居て、共に過ごした長い時と、私の傍らに居てくれたその物に対する慈しみと思い入れ。

高価なものなど何もない。

人から見たらただのガラクタ。

高価が悪いということではなく、有り余るお金があれば、私の元に連れて帰りたいものは沢山ある。

でも必要な分だけでいい。

アメリカの開拓時代の魂が好き。

必要があって生まれた限りあるものを、必要に応じて大切に慈しみ使う。

その愛して慈しみ大切に使う魂が、長い年月を経て、愛情のこもった素晴らしいアンティークとなるのだろうと考える。

人も同じだと想う。

そんな「もの」たちが愛おしいと想う心をこれからも大切にしていたい。

他への否定ではなく、忘れたくない私の大切な想いの再構築です。




続く





不登校の小学生から芸●人末期癌患者、お婆さんまで。

他忘れ去られた歌手や一見売り出し中の有名人とお笑い、ディレクター、雑誌編集者、広告会社、コピーライター、グラドル、作家、アニメーション作家、プロデューサー他、まで約百人くらい。


誰も一切無関係。


みんな遊と同じとか凄すぎる。


何の為にやっているのかと想う。


自分の思考は一切なし。


片っ端他人の著作物でクリエイティブ気取り。


九年以上の全作品、全歌詞、ありとあらゆる全仕事片っ端膨大大量侵害の最高に●質な

遊は「個性とオリジナリティ」を語り。

外は、毎日毎日延々張り付き片っ端侵害しかしていなくて「創造家」がキャッチとか。


世の中逆さまだね。


水に揺らいで歪んで映った、骨をくわえた犬。


現実には存在しない骨。