これまでのお話

実家処分を決意するまで

実家をしまう 

母屋をしまう     

 

母屋の洋服の整理中のことである。

 

着物をしまう引き出しから、敷き紙として使っていたらしい、私が子供の頃もらった賞状が何枚も出てきた。

確かに、着物の引き出しには防虫剤も入っているし平らに仕舞えるから、賞状を敷き紙として保管するのはいいのかもしれない。

 

それを見た時、母が言った。

 

「あ、こんなところにあったんだ。」

 

私は思った。

 

「えはてなマーク 忘れてたのはてなマーク

 

母が言う。

 

「防虫剤も入っているし平らだから、ここが賞状のしまい場所に良かったの ニコニコ

 

私は自分が小学生から中学生にかけて獲得したそれらの10枚くらいの賞状を、丁寧に丸めて賞状入れの筒に入れて持ち帰った。

後でゆっくり見ようと思った。

 

別の部屋で、埃だらけのボロボロの額に入った賞状が出てきた。

A 5サイズで金の縁もない、地味な賞状だった。

無造作に、色々なものが混じった箱に放り込んであった。

 

姉が小学一年生にとった賞状で、校内の小さな大会で4位だった。

 

母は初めての子が初めてとった賞状だから、飾ろうと思って額に入れたのだろう。

 

でも、それは校内の小さな大会で4位だった。

 

母は落胆したのかもしれない。

 

小中といつもトップを走ってきた母には、全く及ばない成績だ。

飾ろうとは思ったものの、満足のいく成績ではないから飾らなかったのかな、と思った。

 

それから母は、子供たちの賞状に興味がなくなったのかもしれない。

 

私は賞状が好きだった。

なので、読書感想文、作文、自由研究、写生会は頑張った。

 

そうして、それらで良い成績を重ねて賞状をとってきた。

でも思い出してみても、母が私の賞状をとても喜んでくれた記憶はない。

私が気がつかなかっただけかなはてなマーク

まあ、大げさな表現はしない人でもある。

 

校内よりも大きな大会、地区大会のものですら、飾られることはなかった。

金色の縁が付いた賞状も、飾られることはなかった。

 

私の賞状は一度も飾られることはなかった。

 

そして、とりあえず汚さないように折らないようにと、着物のタンスの敷紙になった私の賞状は、50年近くも忘れ去られた。

 

母は今回発見された私の賞状をみても、特にリアクションはない。

関心がないようだ。

 

母に訊いてみた。

 

「どうして、子供たちの賞状を飾らなかったのはてなマーク

 

すると母は言った。

 

「えはてなマーク なんかそういうの恥ずかしくないはてなマーク

 

母が言うには、来客が来た時、見せびらかしているみたいで恥ずかしい、というのだ。

 

そっか、分かった。

全国大会とかなら、飾ってもらえたかもしれないな、と思った。

 

自分の賞状は自分で大切に保管するわ。

でも、私にとってはあれが精一杯の努力だった。

 

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