自分 | HARUのブログ

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ラッパの事、普段の事、色々。

自分には生涯をかけて具現化したいものがある。具現化といっても音であり、しかも、音そのものと言うよりその向こう側に有る物。ひょっとしたら音楽以外を選んで居ても同じ所を目指していた気がする。

もちろん、楽器が上手くなりたいという気持ちは今も有るけど、若い頃よりはなぜそうなりたいか?と言う事がよりクリアーになってる。

そして、今はハッキリと生涯をかけたい事は十代の頃からずっと自分の中にあったもので、最近やっと意識の中に元々自分の中に有った事なのに見失い、回り道をしていた事を再確認出来た気がする。

楽器のレッスンでも、指揮をする時でもそこに踏み込んだ時に、対する人の心が動き共感して居る事を感じ、その瞬間から音楽が生まれて動き始めるのを感じる。

その時、対象の年齢は関係無く、ただ、縛られる事が多い人には届き難い事を除いてはそこに踏み込んだ時に、踏み込める時に初めて根本の何かが動く。

この夏はそれを感じた。
共感して心が動き空気が動いた事を感じた。


自分が居る世界でそこは一番大事だと確信してる。毎年、家族に迷惑をかけて仲間の助けを借りて渡航するのも、そこを強く感じる事の出来る環境で有るから。

なぜ、そこを求め無いのだろうって事が少なく無い。それは、自分のただのわがままなのか?単に嗜好?

考えれば考えるほどに、感じれば感じるほどに、そんなもので無くて核心なのだと思う。自分は自分でしか無いし人にはなれ無い。でも、確かに共感を生む事は出来る。
(近年、"感動"って言葉の安売りが多過ぎて"感動"はあまり使いたく無いし、そんな安い感動は要らない。小さくて良い。共感が生まれる事から始まりが有る。)

だからこの夏に大きな喜びと大きな落胆を同時に感じた。

生を終える瞬間に自分が歩いて来た本当の答えが見える気はする。その瞬間まで追い求めていたい。せっかくこの世に生まれたのだから。


金羊が良い感じでいろんなコンディションに馴染んで来た。本当の意味で使いこなすには未だ時間が要る。でも、それも楽し。

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