自分の時間を生きる | 【名古屋】魂の覚醒と思いの言語化で野望を実現

【名古屋】魂の覚醒と思いの言語化で野望を実現

「強み」と「思い」の言語化で、「野望実現」を引き寄せます。 ホンマルラジオ愛知局【TOMOKO のあなたの野望を聴いてみ隊】パーソナリティ

突然ですが

ワタクシ、来年50歳でございます(11月生まれだから今はまだ48歳ですが


{3ABCD4F7-715F-4DD9-A5D3-221C7B472347:01}

年齢よりも若く見えると言っていただけることが多いのですが

エステに行ったり、サプリを飲むとか、高価なお化粧品を使うとか

はしていません。

写真はいろいろな「効果」を使っていますのでアレですが

実物はそれなりにシミ・シワ・たるみ等ございます(爆)

{5F1C7225-BFA2-4603-923D-D4B9DF1FD606:01}
 ↑
年甲斐もなく、ちょっとがんばってみたww

子どもの頃から、実年齢より下に見られることが多かったので

いずれ、逆転して年齢よりかなり老けてみられる時がくるのだろう

と思っておりましたが、意外とまた「その時」は来ていないようで。


ただ、これでも30代の時に母と祖母の介護を同時に引き受ける

なんてこともあり、心身ともに疲労の極限に達する

なんて経験をさせていただいたので

30代の後半とか40代始めの頃の写真(たとえば、免許証の写真とか)は

ひどいモンでございます。


眠れないと、目の下がたるむんですね。

地下鉄の窓ガラスに映ってる人みて

「疲れたおばさんがいるなぁ~」と思ってたら

自分だった、っていう。


その頃、介護は一旦手が離れたのですが、ひどいウツに苦しみ

抗うつ剤が手放せない、夜も眠れない、日常生活もヤバい

という状態でした。



でも、生きている限りは「ちゃんと生きよう!」と思い直しました。

それが、「生きている者に与えられた務めだ」という気がしました。



亡くなった父も私のそんな人生を望んではいなかったろうし

母も、私がそんな人生を歩むために、発病したワケじゃないだろうし

第一、母が自分のために私が自分の人生をあきらめた、と知ったら

きっと悲しむだろう、と思ったのです。


もちろん、はじめの頃は、「あんたたちのおかげで、人生めちゃくちゃだよ!」

と、母や祖母を恨んだこともありました。

わざとあてつけに、病気に逃げ込んでいたのかもしれません。

でも、それって、なんにも意味が無いなぁ~と思ったのです。

何より、自分が辛かった。

自分が立ち上がって歩き出さない限り何も解決しないのです。



母や祖母と過ごした時間は、実はとても貴重な「最後の時間」

だった気がします。

祖母とは同居していた時にほとんど「交流」しなかった

そんな私が、なんで祖母の面倒見なくちゃいけないの?

と思ったこともあった。


でも、逆に考えたら、きっと何もしなかったら後悔だけが残っていた

祖母が生きているうちに、いろいろな話をすることができた

祖母の手のぬくもりや、手の骨の感触、祖母の優しさや厳しさを

祖母が生きているうちに、感じさせてもらう機会をもらえたこと

本当に奇跡だったと思います。


祖母と最後に会ったときに、祖母が私の手を握って

しばらく離さなかったのですが

直感的に、それが祖母の最後の挨拶だと感じました。


いつも、「早く帰りなさい」と帰してくれていた祖母が

ずっと私の手を握っていたときに、

父が意識を失う前の最後の瞬間、手を振ってくれたとき、

ドアのところで手を振った自分をずっと後悔していました。

なぜ父の手を握るために、父の横に戻らなかったのかと。



だから、祖母の時にはちゃんとしっかりと手を握ろうと

ずっと思っていました。

祖母が亡くなったとき、そのことを教えてくれた父に感謝しました。



私は、とてもありがたいご縁をいただき、

中国語の通訳というお仕事をさせていただけるようになりました。


30歳を少しすぎるまで、やろうとも思わなかったし、

自分ができるとも思わなかった

とてもとても高くて狭い門だと思っていました

自分には到底到達できない門だと思っていました


約5年間という時間。

日本が大好きで、日本の事を少しでも好きになってもらいたい

外国から日本に滞在する人たちに

日本の良さを少しでも知ってもらいたい

とずっと思っていました。


彼らが直接話すことができる(ほぼ)日本人として

できる限り彼らの疑問に答えたい、と一生懸命日本のことを

勉強したりもしました。


中国の事が大好きで、中国の文化が大好きで

中国語を始める人が多かったと思いますが

私はどちらかというと、日本が大好きでした。

中国のことが好き、というよりは、出会った中国の方と

もっと仲良くなりたくて、その人に日本を好きになってもらいたくて

中国語を勉強したいたように思います。


そんなあるとき、2011年の大震災が起きました。

終日報道される惨劇から目を離すことができず

生きている感覚がおかしくなりました。


何もできない、という思いがまた自分を責めました

そして、明日死ぬかもしれないという恐怖感に苛まれ

必死に水や非常食を買い込んだりしていました。


自分は何をしているのだろう?

自分の身を守ることばかり考えていました。

自分がしたいことは違う、と気づきました。


生きていることは生かされていること

勝手に生きてるワケじゃない


亡くなった人の分まで生きて行くこと

それは、身近に亡くした方だけでなく

自分のずーっとずーっと前に生きた祖先の命を

つないでいくこと

そういう意味もあると思う。


私には次に命をつなぐ「こども」という存在はいないけれど

血をワケたこどもだけではなくとも

「遺志」を残すことはできると思うのです


それは、

「日本人はとても素晴らしい民族である」

ということ。

一人ひとりが本当に素晴らしい存在で

与えられた命を使命に沿って生きること


それを伝えていくことが

私に与えられた使命だと思っています。



もう、トシだから


と、いろいろなことをあきらめたりすることも多いかもしれません。


本当にその理由で「諦めなければならない」のでしょうか?


「いい年して、今更“自分探し”も無いでしょう」

なんていう意見もあるかもしれないですね。


私の大好きな夏木マリさんが、

「年齢は背番号だ」とおっしゃっているのですが

生きることに「年齢」は関係無いと思います。

大切なのは、今、をどう生きるか、ということです。


長い間蓋をしてきた自分の心を

急に開くことは怖いかもしれません


でも、意外と「自分の心に蓋をしている」事すら気づいていないことも多いです。

私はその「蓋」を今すぐ開けることだけが

良いとは思いません。


「自分の心に蓋をしている」ことに気付くこと

「いつか開けよう」と決めること

そうすることで、

最善のタイミングが来たらパカっと開く

そんな風に思います。


自分が生まれて来た目的(使命)を知る

その使命に沿って生きる

それは、とてもとても幸せに満ちた生き方です。

自分が若いとか、トシだとか、全く気にならない生き方になります。

それが、「自分の時間を生きる」ことです。



三次元世界の「時間軸」に縛られず、

「自分の時間を生きること」に興味のある方

お話してみませんか?

【自分の「思い」「使命」を伝える自己紹介 個人セッション】

****<自己紹介個人セッション>対面・SKYPE ****
☆期間限定お試しコース(初回のみ) 30分 1000円 →20秒程度のキャッチフレーズ
☆キャッチフレーズコース  30分 5000円 →20秒程度のキャッチフレーズor 30秒自己紹介
☆ショートスピーチコース  60分 10000円 →1分程度のショートスピーチ****

お問い合わせは、haruhappychoice☆gmail.com まで
(☆を@に変えてくださいね)

(対面かSKYPEの
ご希望も添えていただけるとスムーズです)


{D26E7395-A14B-40B0-9935-527558FC1B16:01}

お堀の石垣を猫が登って行くのを発見した瞬間♡

猫大好き