藤沢周平に関しては全作とまでは行かないけれど相当数読んでるから、そこそこ語れる自信はあるけどな。こんな雪がちらつく寒い夜には鍋を共に囲みながら、熱燗で差しつ差されつ、親密な関係となった先生と語り合いたかったな、そう、行間に哀感の余韻を持たせるその平易な文章が、如何に慈しみに満ちているか。そうして、報われぬ人生を送る市井の民がひっそりと、でも懸命に生きる姿で描かれる人情劇が、如何に慰みに溢れているか。……といった諸々をね。
しかしこの思いはあくまでも、寒い冬から逃れて温かい部屋で一息ついた時にふと浮かんだ憧憬まじりの幻想にしか過ぎず、実際もしも藤沢周平の素晴らしさを先生と語り合ったとて、社会性とか、生きる場所の極端な隔たりが元で、最初から最後まで話が全く噛み合わぬまま終わってしまう可能性は大いにある。いや、寧ろそっちの方がリアルな現実だろう。
凍てつく冬の夜に浮かぶ面影は、その面影に憧れが強くなればなる程、逆にリアリティを求めず、震えつつ見る夢に溺れさせておけばいい。
ここ数ヶ月ばかり南方熊楠に嵌まって、その関連の著作を丹念に読み返していたけれど、そろそろ気持ちが藤沢周平に移行しそうな予感がしている。堪え忍ぶ冬……という僕の現状に慰みを与えてくれそうな世界だし、読み返す折々にあの人の面影と語り合えば、励ましもきっと与えてくれる筈。
まぁ実際どうかは知らないが、夢のお茶の間で語り合うあの人の面影は、いつだって僕に優しい。~あくまでも夢の世のお話に過ぎず、実際どうかはホントわからないけどね。