何が問題って、ノッコが精神的にすっかり落ち着いて大人になってしまった事なのだと思う。
だってレベッカの最大の、そして唯一無比の魅力って、ノッコのアーパー過ぎる程アーパーなおきゃんなノリにあったと思うのだけど、その辺が再結成の現在は無理やりテンションあげようと必死なのが痛々しい程わかっちゃうんだよな。
そりゃ既に五十代のノッコにあの当時のテンションとノリを求めるのは酷なのはわかっているけれど、問題なのは音楽性は当時のままで成熟せず、その代わり、衰えた生理をあの頃のテンションとノリに無理やり近づけようとしている処、その辺に痛々しさを感じるのだ。
ブランクの割りには声は出ていると思う。音域も極端に衰えてはいない。
しかし確実にあの頃にはあった何かが失われてしまっているのだ。それこそレベッカをブレイクさせた最大の魅力、それは80年代を象徴する楽天的で甘酸っぱい青春のきらめきって奴だったのかもしれない。
まぁこういう時代を象徴するバンドの四半世紀ぶりの再結成というのは、自分の現在と重ね合わせて、その失われてしまった処も含めて噛み締める……或はそういう処に意義があるのかもしれない。
理想を言えば、そりゃシンディ・ローパーのようにデビュー当時のピュアネスを維持したまま、キャリアを重ねる毎に音楽性は成熟してゆく、そういう有りようが最も魅力的だとは思う。しかし自分はすっかり草臥れたおじさんに成り果てておきながら、懸命にあの頃のきらめきを再現しようと足掻くおばさんを嘲笑う資格など何処にもないので、これはこれで過ぎ去った歳月を噛み締めながら、きっちり受けとめようと思う。
演奏の折々に挟まれる客席の顔ぶれが見事におっさんおばはんばかりで、若い子の姿がまったく見えない処に現在のレベッカの存在価値が何処にあるのかも見て取れる。
若い頃、再結成をしたグループサウンズの連中が、煤けたおばさん連中相手に全盛期の頃の自己模倣のようなステージパフォーマンスを繰り返す姿に冷ややかな思いを抱いていたけれど、再結成レベッカにシンパシーを抱く今つくづく思う、あの頃グループサウンズの連中に抱いた冷ややかな気持ちは実に不寛容だったな……と。
あの頃のように弾け切れず、そこはかとない恥じらいが感じられる現在のノッコは、見ようによっては、それはそれでそそるしね。
だけどここに貼る映像はやっぱり全盛期の頃のものにしておきます、
https://youtu.be/5WoSBNM7_gk
僕がこの当時定期講読していた音楽雑誌ロッキンオンは、なぜかレベッカの事を殊更バカにしていて、その魅力を一切認めようとせず、「埼玉のラーメン屋の娘が勘違いして、『あたしはロックよ!』とほざいているようなイメージ」と虚仮にした記事を載せていたのも記憶している。まぁ実を言うと、「いい得て妙だな……」とは思ったのだけれど、しかし勘違いしたラーメン屋のねーちゃんの下世話な思い込みが、これ程の爆発的なエネルギーを発揮するなら、それはそれで大したものじゃねーか……と当時の映像を観て改めて思った。
渡辺美里も小比類巻かほるもピンと来なかったけれど、レベッカ、特にノッコに関しては当時かなり好きで、ロッキンオンの不当な迄の評価の低さには忸怩たる思いを抱いていたのを覚えている。
いや、本気でレベッカを擁護する原稿を書いてロッキンオンに投稿してやりたかったのだけれど、残念ながら文才がないので端から無理だったのだけれどね。