お与えください秋の日の椅子ひとつ。 | 春田蘭丸のブログ

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願わくは角のとれた石として億万年を過ごしたい。

 四十代も半ばに差し掛かった路の上で
 流石にもう歩き疲れたよ……と
 立ち止まることも多くなり、
 気づけば鮮やかな紅葉の景色に風も吹き抜けて
 夕暮れ時の
 もみじ色に染められた心しんみり冷やす。

 あの頃は容易くできたことが
 もう出来なくなり、
 あの頃は感じられたときめきが
 今は失せ、
 あの頃は思い出せた筈の少年時代も
 既にほとんどが忘却の彼方ならば、
 滲む疲労のなかを虚無が移ろう。

 立ち止まり振り返るその路の先に
 ほんとうに僕の路はあったのだろうか?
 僕はその路を
 ほんとうに歩いてここまで来たのだろうか?
 それさえも確信が持てず、
 だけど僕は今ここにいる。

 立ち止まる僕の傍らを
 腰ふくよかな女性がすれ違ってゆく。
 夕暮れ時の紅葉に心ゆだねる気持ちの余裕を
 その柔和な顔つきに感じさせるその人が
 すれ違う一瞬、
 あの人のように思えて
 僕はあわてて振り返る。
 だけど振り返れば
 女の姿はどこにもなく、
 いったい何処までが実際の出来事で
 何処までが夢まぼろしなのかも知れたものではないのだ。そう、
 ここに佇む今この瞬間も含めてね。

 あぁ若葉の季節に
 互いに濡れて乱れたあの恋も
 今はほんとうの出来事とは思えずに
 僕は諦念の心で静かに目を閉じて
 今は無常と戯れるばかり。

 神様、
 願わくは僕に椅子を一つお与えください。
 歩き疲れて
 立ち止まることも多くなった僕が暫し骨休めできるような椅子を。
 その椅子に腰かけることで
 過去のあれこれを懐かしく思い出すことが出来るような柔らかい椅子を。
 残り余生をふたたび歩き続けることが出来るように、
 この先に待つ冬の厳しさに心折られぬように、
 神様、
 今の僕には腰かける椅子が必要なのです!
 この穏やかな秋の情景の中で
 暫しの骨休みと
 振り返る過去を僕にお与えください!