歌.340 | 春田蘭丸のブログ

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願わくは角のとれた石として億万年を過ごしたい。

 うわっ、ムカデじゃねーか! 幾ら何でもムカデはねーよなムカデは……
 と慌てふためいた時の一首。

梅雨時の事務所の床を這うムカデ逃げる術なく胸ざわめき立つ。

 そう、夜更けに一人で事務仕事をしていた僕の視界の隅に、何やら得体の知れぬ蠢くもの……
 えっ?
 と思わず二度見をしてしまったけれど、何度確認しても、それは奴。そう、ム・カ・デ。色合いもえげつなく、見るもおぞましく、ム・カ・デ……
 ゴキブリやゲジゲジならまだしも、事務所にムカデはないだろムカデは。……
 咄嗟に靴底で踏み潰したら、身をのけ反らして躍り狂う様が更におぞましさを弥増して生理に悪寒として迫って来る。
 再び踏みつけてとどめを刺してあげるのが、せめてもの情けかとも思ったものの、これだけ激しく躍り狂われるとそれも躊躇われた。へたに踏みつけて、もしも間違って何処か刺されでもしたら……と考えたら、最初に安易に踏みつけた事も含めて、何だか凄く怖くなってしまったのだ。
 苦悶の激しい蠢きが弱まるまで、しばらくその様子を眺めているより出来なかった。勢いが失せた処で再び踏みつけてとどめを刺した。
 いったい、僕はこんな処でなにをやっているのだろう……
 たった今、僕が踏み殺したムカデの死骸を見下ろしながら、何だか凄くやりきれない気持ちが胸中に湧き上がって来るのを抑え難かった。やってられねーな……と。
 たかがムカデ。然れどムカデ。今回のこのムカデの一件が象徴する陰惨さが、この職場に来てからの己の鬱屈とあまりにも重なり合うかのようで、何だか妙にやる瀬なかったのだ。
 残業の著しい減少に伴う収入減が一番大きなネックだけれど、その他いろいろ総合するに、ここは自分の居場所じゃない。長く勤め続けて、何らメリットはない。……そのムカデの死骸を見つめながら、しみじみそう思った。しみじみと、しかし確固とそう思った。
 別の場所へ異動の方向で、もう一度考えて貰えないだろうか、せめて、もう少し稼げる場所へ……と近々本部と掛け合ってみよう、そう思った、そう、そのムカデの件をきっかけに。
 ここは勤め続けるには、あまりにも惨め過ぎるよ、床を這うムカデを殺さなければならない程にね。