映画『マッチポイント』 | 春田蘭丸のブログ

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願わくは角のとれた石として億万年を過ごしたい。

 流石にウディ・アレンが脚本と監督を務めているだけあり、皮肉の効いたその後味の悪さが癖になりそうな良い映画だった。アイルランドの貧しい家柄の元プロテニスプレイヤーが、上流階級の家の娘に見初められて結婚、彼女の父親の会社で重役待遇でキャリアを積んでゆく過程がやけに丹念に描かれた前半部を見ている限り、精神的に追い詰められた主人公の後半まさかの行動も、その後、腕輪ひとつを証拠隠滅しそこねた事が逆に警察の疑いから解放されるブラックなオチとか、まったく予想が付かなかった。物語序盤にドストエフスキーの罪と罰が話題に上がるのは要するに後半の展開への伏線だったのだな。私はてっきり、見た目もハンサムなら社交性もある有能な男が、運の良さも味方に付けて手に入れた上流階級のライフスタイルを、虚飾に満ちた日常を若干椰楡するような味つけで淡々と描いてゆく内容に終始するものとばかり思っていたが、文化的な日常を送る中で抑圧されていたアイルランド人の直情的な血が、精神的に追い詰められて遂に爆発してしまった、という処か。
 確かに最後は、運は運でも悪運で警察の容疑者リストからは外れたものの、自己保身の為に罪もない老婆も含めて二人の命をあやめた殺人犯である負い目を、この先ずっと抱えて生きねばならぬ境遇となった主人公である。しかし前半の優雅なライフスタイルは男の願望をまさに絵に描いたかのようで、羨ましい事この上なかったな。
 やり甲斐のある仕事。それに伴う高収入と社会的地位。貞淑な妻。官能的な浮気相手。…いや、俺だけじゃなくて、大概の男の願望って、最終的には結局ここら辺に収束するのじゃないのかな。
 ちなみにオイラは一つも手に入れてないから、妄想と戯れ生きるのみ。