「そうね。そうするしかないでしょうね。あの人も、内実は火の車なのかもしれないわね。いつか、奥さんがポツリと言っていたもの。山奥に隠れてしまうわけにはいかないって。悪く取れば、融資も自分の製品を買わせるために便宜を図ったのかもしれないし…」
「そんなこと、今更どうでもいいよ。吐き気がする。こういう狡猾な人間が口を開けて待っているような業界に足を突っ込みたくはないね」
「やっぱり私たちは、出版家なのね。住む世界が違うんだわ」
「花は桜木、人は武士だよ。プライドだけは捨てちゃいけないんだ。銀行に電話してくるから、ここにいて」
「何て言うつもり?」
「会社として、箸の開発は取りやめにした。融資は、即刻取り下げて頂きたいって言うよ。それでいいね」
「はい。オーケーです」
自社製品の夢は、夏の夜の夢のごとく消え去って行った。
「じゃあ、行ってきますね」
「本当に大丈夫? 僕が行くって言っているのに」
「こういう時は絶対に女の方がいいのよ。相手は男だもの。きっと、可哀想だって同情してくれるわ」
「同情されるようになっちゃ終わりだな」
「それも時と場合によるわ。さあ、本当に行きます。成功を祈っていてね」
「よろしく頼む。待っているからね」
「はい」