母は黙って聞いていたが、思いついたように時計に目をやり、言った。
「お腹がすいたでしょう。お鮨を取るから食べて行きなさい。小谷野さんの分は、折りに入れてもらうから」
電話をかけに行こうとする母を、私は止めた。
「やめてよ。お鮨なんか食べられる心境じゃないわ。申し訳なくて」
身体の表面が針で突かれたように痛かった。(親不孝者! どの面下げて生きているのよ!)。母が笑った。
「言い難い話をしに来たアンタが可哀想でならないわ。二人で一生懸命に生きているのは、お母さん、ちゃんと承知しているからね。お鮨でも食べて、元気を出しなさい」
「今、ものすごく辛い。でも、今泣いたらとめどないから、泣くわけにはいかないわ」
「ショー君の親なんだから、しっかりしなきゃね。ショー君が大学に行く時にと思って用意してあるお金があるから、そこから百万円、明日必ず振り込むからね。心配しないでいいわよ」
「ありがとうございます。絶対に頑張って成功させるからね。そしたら、温泉に招待させてもらいます」
「祈っているからね」
食事が終わると、母は梅干やお味噌、買い置きのうどんや缶詰、孫にと買っておいたお菓子を紙袋に入れて持たせた。
「しっかりね」
ポンと背中をたたいた。
「はい。吉報を待っていてね」
門口で見送ってくれた母の姿が見えなくなると、鉛のように重い身体と足を引き摺るようにして大通りまで歩き、タクシーを拾った。贅沢だとは思ったが、駅まで十五分の距離を歩く気力は残っていなかった。車内で、運転手の存在を憚ることなく、声をあげて泣いた。