第13章 因幡の白兎(10) | 3.5次元の不倫

3.5次元の不倫

この本は恋愛と人生についての小説ですが、
ひきつづき児童書(英語の対訳付)を書きました。
おたのしみに!

母は黙って聞いていたが、思いついたように時計に目をやり、言った。

「お腹がすいたでしょう。お鮨を取るから食べて行きなさい。小谷野さんの分は、折りに入れてもらうから」

電話をかけに行こうとする母を、私は止めた。

「やめてよ。お鮨なんか食べられる心境じゃないわ。申し訳なくて」

身体の表面が針で突かれたように痛かった。(親不孝者! どの面下げて生きているのよ!)。母が笑った。

「言い難い話をしに来たアンタが可哀想でならないわ。二人で一生懸命に生きているのは、お母さん、ちゃんと承知しているからね。お鮨でも食べて、元気を出しなさい」

「今、ものすごく辛い。でも、今泣いたらとめどないから、泣くわけにはいかないわ」

「ショー君の親なんだから、しっかりしなきゃね。ショー君が大学に行く時にと思って用意してあるお金があるから、そこから百万円、明日必ず振り込むからね。心配しないでいいわよ」

「ありがとうございます。絶対に頑張って成功させるからね。そしたら、温泉に招待させてもらいます」

「祈っているからね」

食事が終わると、母は梅干やお味噌、買い置きのうどんや缶詰、孫にと買っておいたお菓子を紙袋に入れて持たせた。

「しっかりね」

ポンと背中をたたいた。

「はい。吉報を待っていてね」

門口で見送ってくれた母の姿が見えなくなると、鉛のように重い身体と足を引き摺るようにして大通りまで歩き、タクシーを拾った。贅沢だとは思ったが、駅まで十五分の距離を歩く気力は残っていなかった。車内で、運転手の存在を憚ることなく、声をあげて泣いた。