「家を見た途端、ビックリしちゃったわ。小さい頃に住んでいたのとそっくりな家なんだもの。でも、昔の家はお風呂なんてないし、水だって外の井戸水からバケツに汲んできていたのよ。昔の世田谷なんてそんなものよ」
「開拓農民さながらだね。それに比べたらここなんて御殿じゃないか」
「本当よ。有り難いじゃないですか。なんだかね、意味はわからないんだけど、この家から出直せって言われているような気がしてならないのよ。決めましょうよ。三万五千円、何とかなる金額だわ」
「そうしよう。マリアの家の第二弾っていうわけだ。名前を付けなくちゃなあ」
「そうねえ…。ここって日光が燦々でしょう。ショー君のために借りた家なんだから、息子と太陽をひっかけて、<サンの小屋>っていうのはどうかしら」
「小屋っていうのがリアルでいいねえ。よし、サンの小屋で行こう。これで、ショー君は思う存分自然の中で遊べるし、こっちもリフレッシュできる。一挙両得だよ」
「良かったね、ショー君」
その足で、三輪車を買いに行った。息子は、日の暮れるまで夢中になって乗り回した。
「ボクの三輪車、バイバイ。また、来るね」
去り難い思いで、サンの小屋を後にした。子どものためにと手配したこの家が、後年、どん底に追い込まれた親子の受け入れ先になるなどとは、露ほども考えていなかった。
週末を心の支えに、零細企業は走り続けた。泳ぎを止めれば、息の根が止まるサメの性にも似ていた。金曜日の夜、疲れた心と身体を投げ出すようにして、自然の懐に飛び込んだ。次第に、近所の子どもたちが遊びに来るようになり、いつしかサンの小屋は子どもの楽園のようになって行った。息子と小谷野の寝顔を見つめ、楽園がいつまでも楽園でありますようにと祈るのが、その頃のサンの小屋での習慣だった。