「そのとおり。自分を丸ごと理解してくれる人なんて二度と現れないとか何とか言って、まるっきり聞く耳持たずだったんですからね。でも、いいじゃないの。事のほか、お幸せそうだったんだから」
「そう、好きに生きられて最高だったわよ。でもね、若さってあっという間に過ぎ去ってしまうのよね。三十を越えた頃、やっている事に行き詰まりを感じるようになったのよ。仕事も酒も付き合いも十分過ぎるくらいにやった。あと、やってないのは母親になる事だけだなんて考えるようになった。勝手な言い草よね。自分の中の母性を持て余すようになって、苦しくて、とうとう恥ずかしさをかなぐり捨てて言ってみたのよ。人の親になってみるのも、悪くはないわよねって」
「そしたら? 彼、何て答えたの?」
「何にも言わなかったわ。その代わりに、怯えたような表情で私を見たわ。この女、いまさら何を言っているんだっていう顔をしてね。言わなきゃ良かったって、ものすごく後悔したわ。彼にとって、私は何でも言う事を聞いてくれる母親に近い存在になっていて、すっかりマザコンにしてしまったのよ。都合の良い時に女を振りかざしたって、どっこいそうは問屋が卸さないっていう事よね」
「悪いけど、いずれはそうなるような気がしていたわ。彼って良い人だけど、人生にこれといった目的意識がないし、バイタリティーが希薄だもん。親になろうなんて面倒くさい事、彼こそ初めから望んでいなかったんじゃないの?」
「そうかもしれないし、途中からそうなったのかもしれないし…。わからないわ。恋愛なんて痘痕もえくぼなんだから」
「二人とも男に慣れてないからね。のぼせ上がったら私だって何をやらかすかわかったもんじゃないわ。ねえ、あの時は聞けなかった事を聞いてもいいかしら?」
「何でもどうぞ」