「一万円だそうです。百五十坪だから百五十万っていうことです」
「じゃあ、ウーに七十五万を払えばいいのね。いいわよ、それくらいなら何とかなるから。三日だけ待ってくれるかしら。必ず振り込むから口座番号を教えて」
用意してきたメモを渡すと、粘り気のある涙が滲んできた。どこから来る涙なのか、わからなかった。
「名義変更は不動産屋にやってもらうから、必要な書類は用意してよ。悪いけど、そろそろ行くわね。午後から会議だから」
「はい」
「これで会計しなさい。おつりでケーキでも買って帰りなさいよ」
「すみません。ご馳走様です」
姉は、優しかった。ウーという呼び方が耳に懐かしく、自分がこの人の妹であるというわかり切った事実をしっかりと心に刻み付けた。
「じゃあね。今度こそ、しっかりやってよ。わかったわね」
「はい。頑張ります。本当に、有難うございました」
姉の姿が見えなくなるまで、頭を下げていた。拷問にも似た時間がやっと終わった。解放された捕虜のような心境で店を出た。
(小谷野さんには、案外快くオーケーしてくれたとだけ報告しておこう。彼だって、店を守るために親分に掛け合いに行ってくれたんだから、お相子だわ。母上様、姉上様、今の気持は慙愧に耐えません。でも、これで会社が作れます。会社の名前は、もう決めてあるんです。八ヶ岳の八をとって、株式会社パッシブエイトっていうんです。なかなか、おしゃれな名前だと思いませんか)。
来る年へ向け、再起の萌芽が生まれた事に安堵した。鉛のように重かった足も今は軽く、暮れの大手町をしっかりとした足取りで歩いて行った。