焼肉の煙の向こう側に、小谷野の翳りのない笑顔があった。この日、飛び込み営業が功を奏し、<有理社>という出版社から仕事の依頼が舞い込んだのだった。
「種を蒔いておいてよかったよ。試験的に校正をしていただくけど、出来が良かったら単行本を一冊お任せしたいっていうんだから、願ってもない話だよ」
「こんなに早く仕事がもらえるとは思ってもいなかったわ。パッシブっていう社名のお陰かもしれないですね。嬉しい誤算だわ」
「うちの担当は三木本っていう人なんだけど、この人がまた良い人なんだよ。初対面なのに不思議と心を許せた。波長が合うんだろうね」
「あのう、三木本っていう名前なの?」
「そうだよ。なんで?」
「三木本っていう苗字の人はね、実は私にも好意的なのよ」
「へえ、知り合いにいたっていうこと?」
「そう。小さい頃、出来の良い姉の影に隠れて惨めな思いをしたって話した事があると思うけど、三木本っていう近所のおじさんだけは、すごく私に目をかけてくれたのよ。運動がよくできるし、タレント性があるとか言ってね」
「ふーん。卯月少女はその人に救われたっていうわけだ」
「そういう事。ダニー・三木本っていう芸名で渋谷で流しの元締めをやっていたみたい。堅気じゃなかったんだろうけど、その他大勢の素人よりよっぽど優しくて気配りがあった。良い人だったなあ」
小谷野が、膝を打った。
「なるほどね。つまりさ、原因はそこかもしれない