第十章 二 番 煎 じ
包丁一本 さらしに巻いて
旅に出るのも 板場の修業
待っててこいさん ………
山手線の車内で、移り行く車窓にぼんやりと目をやりながら、古めかしい演歌を口ずさんでいた。日暮里の小さな印刷会社でちらしの校正をすませ、この後、恵比寿にある印刷会社で就職情報誌の仕事が待っていた。
(この歌と同じだわ。今じゃ、赤ペンが頼りの日銭稼ぎだもの。<債を肩に 再び握る赤いペン 一文字いくらの 業者となりて>か…。これも人生の修業だというのかしら)。気持は晴れなかった。
電車は大崎の駅前にさしかかっていた。再開発で驚く程豪奢に生まれ変わった景観に、世間との関わりを持たなかった歳月の是非を問われる思いだった。
(十三坪の小さな店に汲々としている間に、すっかり世間に疎くなってしまった。都心の生活も赤ペンも捨てたはずだったのに、結局は昔の業界で生きている。赤ペンを持った人間は赤ペンに戻るっていう話をあの頃は漫然と聞いていたけど、そうなのかもしれない。このとおりの有様なんだから…。渡り職人みたいな今の生活がいつまで続くのか、この先どうなって行くのか全くわからないけど、とりあえずは、編集という技術があって救われたわ。飢え死にだけはしないですみそうだもの)。生きるよすがの店と大金に近い金額を失って間もない身であれば、ともすると底知れない虚無の沼にはまっていくのだった。