「へえ。あんこ堂のご主人にも同じことを言われたわね。よっぽど、オメデタイんだわ」
「ともかくも、二度と行かない、男の約束だ。ママにも謝っておいてくれっていう事で話は終わったよ。ご理解いただいた御礼ですって言ってお金を置いて出てきた」
「凄い経験をしたものだわ。これで、上手く収まればいいんだけど」
「信じるしかないね」
この一件はしかし、<旬菜亭>がはかなくも消えて行く序章に過ぎなかった。やがて訪れたバブル経済の破綻は、雇用不安や経済状態の悪化を生み、飲んでウサを晴らすというサラリーマンの風潮は完全に過去のものとなった。出口の見えない不況は長引き、この後十年にも及ぶ平成大不況へとなだれ込んで行ったのである。
<あの店は、その筋の人達のたまり場らしい>という噂を払拭し切れないうちに、トドメとばかりの経済不況にあおられて、店の経営は土俵際まで追い込まれて行った。
「これ以上は悪あがきだわ。養育費が払えなくなったらそれこそ大変だわ」
「どこかへ勤めに出るかな」
「やめましょうよ。私、一人でやる程このお店に情熱が持てないし、最初にケチがついたものはやっぱりダメだと思う。けもの道の臭いが、けもの道に生きる人を呼び寄せてしまったのかしら」
「彼らも孤独だからね。もし、僕たちが優しいとするなら、そこに救いを求めたのかもしれないよ。なにせ、宇宙人だって言われたくらいだからね」
「何かの符合なのかしらね。理工舎にいた頃、あなたがUFOの雑誌をとっていて、別に親しくもないのに、時々、私にその雑誌を貸してくれたでしょう。立ち話だったけど、宇宙の話をしたりしてね。現実を忘れられて、その時は、心が弾んだものよ。この人とは、波長が合うって考えて、そんな自分に恐れみたいな気持ちを抱いたこともあるのよ。今、初めて話すことなんだけどね」
「僕もね、遠目からあなたを見ていて、物の考え方や価値観がかなり相似している人なんじゃないかって感じていたんだよ。その思いが決定的になったのが、あの出張だったんだよ」