第9章 裏 目 (7) | 3.5次元の不倫

3.5次元の不倫

この本は恋愛と人生についての小説ですが、
ひきつづき児童書(英語の対訳付)を書きました。
おたのしみに!

「わかっているよ。この時間ならまだ客はいないだろう。その頃に来てサッと飲んで帰るだけだから。滅多に来るわけじゃないし、それ位はいいだろう」

「ええ、まあ…」

これ以上の深追いは危険だった。幸いにも、後続の客はなく、強面の二人は、きちんと勘定を払って出て行った。

極度の緊張から解放され、二人して椅子にへたり込んだ。

「とんでもない事をしてくれたよ。声を掛けるに事欠いてさ。まさか故意にやったわけじゃないだろうな」

「それは考えすぎでしょう。矢口さんに恨まれる覚えはないもの。しかし、驚きましたね。さすがに水商売だわ」

「ああ、なんだか無性に腹が立つ。今日は、早めに閉めよう。勘弁してくれよ、まったく」

「当分来ないと思うから、その間に、今度来たらどうするかを考えておかなくちゃね」

「ああ、そうだね」

 二人とも、まだどこか、のん気に構えていた。

しかし、現実はあくまでも厳しく、対策を考える猶予など与えてもらえなかった。翌日、開店早々に入ってきた男を見た途端、総毛立つほどの衝撃を受けた。小谷野はと見ると、彼もカウンターの中で呆然と立ち尽くしていた。一番乗りの客は、誰あろうあの親分であった。しかも、ご丁寧な事に、三人もの御伴を連れていた。昨夜の約束は、ものの見事に反故にされたのだった。

(嘘つきね。滅多に来ないって言ったじゃない。貴方達にはふさわしい店があるはずでしょう。出て行ってよ)。足元が崩れ堕ちて行くような絶望感に包まれていた。

「いらっしゃいませ」

愛想笑いなど、できぬ相談だった。

「あっ、ママ怒っているな。絶対に怒っているよ。マスター、悪いね。すぐ帰るからさ」

「はあ…」

「ビールと刺盛でよろしいですか」

「いいよ。あとさ、この若いのに飯を出してやってくれないかな」

(ご飯まで食べるつもりなの、いい加減にしてよ)。断る訳にも行かず、若い者の顔を見ると、はにかんだような顔で笑っていた。どこか幼いその顔を見ると、急に憎めなくなってしまい、カウンターに入ると、急いでガス釜のスイッチを入れた。