明るい気持が運を呼んだのか、近くにある病院の看護婦さん達の来店があり、店は久しぶりに華やいだ雰囲気に包まれた。(こういう人達が固定客になってくれれば、十分にやっていける。大丈夫、すべてはこれからだわ)。オープン以来、初めて感じた<あたり>であった。
それからしばらく経ったある日、二人連れの男がフラリと店に入ってきた。一見して素人ではないと察しがついたが、若い方の男が<親分>と呼ぶのを耳にして、全身で身構え、落ち着こうと目配せを交わした。
「いらっしゃいませ」
小谷野が、何食わぬ顔でカウンターの向こうから威勢の良い声を出した。
「こちらへどうぞ。申し訳ありませんが、お車でしたらお酒はお出しできないんですが」
なめられてたまるかと、精一杯の虚勢を張った。口の中がカラカラに乾いていた。
親分らしい恰幅の良い男が、笑いながら案外可愛い声を出した。
「おっ、オレにちゃんとそんな事を言うなんて、あんた大したもんだね」
「どなたであろうと、決まりですから」
「アハハ。心配いらないよ。若いのを待たせてあるから。ビール二本と仕入れで一番高かった刺身を出しなさいよ」
(へえ、その辺のサラリーマンよりよっぽど気遣いがあるじゃないの。驚いたわ。でも油断はできない。どんな風に態度が豹変するか、わかったものじゃない。しっかりするのよ!)。
「なるほど玄人受けする店だ。店だけ見たら赤坂だな。矢口が言ったとおりだ」
親分は店内を満足げに見回して言った。
「はっ、矢口さんとお知り合いなんですか」
「うん。ちょっと間に入ってやった事があるんだよ。どこか良い店ないかって聞いたら、ポロッと口をすべらせたんだよ」
刺身を作り終え、小谷野が固い表情でカウンターから出てきた。(何か言うつもりだわ。口の利き方に気をつけてね)。
「お待たせしました。あのう、申し訳ないんですが、うちの店は」
小谷野の声が、上ずっているのがわかった。