「あの人にも親がいるのよね。心配でしょうね」
「なにを甘い事言っているんだよ。大急ぎでご飯を出さないと。他のお客さんがきちゃうよ。若い人が食べ終われば帰るだろうから」
「サッサと作るから大丈夫よ」
ご飯が炊き立がるのももどかしく、食事を整えた。コンビニ食の埋め合わせに、どうせ作るなら胸にグッとくる、おふくろの味を食べさせてあげたかった。アジの塩焼き、竹の子とフキの煮物、炒り豆腐、自家製の糠漬け、野菜不足だろうと味噌汁は若布とセリで仕立てた。若者はパッと目を輝かせた。忘れられない笑顔だった。
「おっ、うまそうだな。ママ、今度、俺にも頼むわ」
「申し訳ありませんが、若い男じゃないと気持がのらないんです」
この親分、そう悪さをしないだろうと踏み、腹立たしさも手伝って憎まれ口を叩いた。親分は、ガハハと笑って言った。
「よく言うよ、まったく。お前、暖かいうちに食え。ちゃんとお礼を言ってな」
「はい。ママ、ありがとうございます。いただきます」
待ちかねたように、箸をとった。
「うまいです。最高です」
「良かったですね」
人が幸せそうにしているのを見るのが何より好きな持病が再発し、無心に食べる若者をいじらしい思いで眺めていたのだが、ガラガラという引き戸を開ける音とともに、ついに恐れていた事態が起こってしまった。せっかくの新規の客が、御一行を見た途端、あっという叫び声をあげ、踵を返して帰って行ったのだった。
万事窮すだった。電流が走ったように手足がしびれ、吐き気がした。
「何だ、あの野郎、こんなに早い時間に来やがって。お前、食い終わったのか。帰るぞ」