第9章 裏 目 (8) | 3.5次元の不倫

3.5次元の不倫

この本は恋愛と人生についての小説ですが、
ひきつづき児童書(英語の対訳付)を書きました。
おたのしみに!

「あの人にも親がいるのよね。心配でしょうね」

「なにを甘い事言っているんだよ。大急ぎでご飯を出さないと。他のお客さんがきちゃうよ。若い人が食べ終われば帰るだろうから」

「サッサと作るから大丈夫よ」

ご飯が炊き立がるのももどかしく、食事を整えた。コンビニ食の埋め合わせに、どうせ作るなら胸にグッとくる、おふくろの味を食べさせてあげたかった。アジの塩焼き、竹の子とフキの煮物、炒り豆腐、自家製の糠漬け、野菜不足だろうと味噌汁は若布とセリで仕立てた。若者はパッと目を輝かせた。忘れられない笑顔だった。

「おっ、うまそうだな。ママ、今度、俺にも頼むわ」

「申し訳ありませんが、若い男じゃないと気持がのらないんです」

この親分、そう悪さをしないだろうと踏み、腹立たしさも手伝って憎まれ口を叩いた。親分は、ガハハと笑って言った。

「よく言うよ、まったく。お前、暖かいうちに食え。ちゃんとお礼を言ってな」

「はい。ママ、ありがとうございます。いただきます」

待ちかねたように、箸をとった。

「うまいです。最高です」

「良かったですね」

人が幸せそうにしているのを見るのが何より好きな持病が再発し、無心に食べる若者をいじらしい思いで眺めていたのだが、ガラガラという引き戸を開ける音とともに、ついに恐れていた事態が起こってしまった。せっかくの新規の客が、御一行を見た途端、あっという叫び声をあげ、踵を返して帰って行ったのだった。

万事窮すだった。電流が走ったように手足がしびれ、吐き気がした。

「何だ、あの野郎、こんなに早い時間に来やがって。お前、食い終わったのか。帰るぞ」