「マリアの家かい。こりゃまた、ふるっているね」
「すみません。友達にも散々言われました。馬鹿馬鹿しくて、聞くに堪えないって」
「馬鹿馬鹿しいとは思わないよ。いいじゃないか。恋は人を若返らせる妙薬だよ。ふーん、それで」
「そのマリアの家を出る時、行きたくないって直感的に思ったんです。直感に従っていれば良かったのかもしれません。あの時、初めて直感に逆らって、突っ走ってしまったんです」
「ほう…」
<旬菜亭>開店から五日目、料理学校の教師が様子を伺いにやってきた。が、遠路はるばるの割りに、滞在時間はごく短いものだった。
二、三品の料理に合格点を出すと、ほとんど飲まずに、そさくさと帰って言った。
「この店がもう少し都心にあったら、間違いなく繁盛しますよ。惜しむらくは人が少なすぎる。でもお二人のキャラクターだったら、生活する事くらいはできるんじゃないですかね。まあ、しっかりとやってください」
最後は上手にお茶をにごしたものの、作り笑顔の裏に前途を危ぶむ影が隠れているのがはっきりとわかった。開店当日こそ、<義理と張り>で多少の賑わいはあったものの、この日も客の入りは芳しくなく、心の中はどす黒い雨雲で覆われていた。
<矢切の渡し>を渡った地に見つけた小さな店舗付住宅、それは、胸ときめかぬ見合い相手のように、何とも決め手に欠ける代物だった。しかし、飛び付きたくなるような物件など、まさにお呼びでない、高嶺の花であったから、ここらが分相応かと思ってもみたりしていた。