第9章 裏 目
「こちらは四万十の鮎でございます。この時期の鮎は香魚といって、独特の香りがいたします。存分に香りを味わってください」
仲居さんの説明に、御方様は相好を崩した。
「いやあ、四万十の鮎を味わえるとは何とも有り難いですね。さすがに、堀川さんだけのことはある。見事な鮎だ」
「有難うございます。まずは鮎を冷めないうちに召し上がってください」
「いただきます」
口に含むと、甘い草のような香りがした。
「何とも言えない香りがしますね。これは、何の香りなんでしょうか」
「何でも、食べている藻の臭いだということです。香魚と呼ばれるのはこの時期だけで、落ち鮎になると香りはしないんだそうです」
「なるほど、これぞ旬の極みですね。こっちは、とっくの昔に落ち鮎ですけどね」
「そういえば御方様、昔、こちとらの人生なんぞ、咲かないうちにドライフラワーだって言っていましたよね」
「ああ、確かに言った。今でもその通りだと思っているよ。悔しいね」
仲居さんが、こらえかねたように高笑いした。
「オホホホホ。本当に面白い事をおっしゃいますね。私もその一人ですから、お仲間に入れてください」
「いや、そんな簡単に老いらくの仲間になっちゃいけません。一花咲かせてくださいよ。狂い咲きという事もあるでしょう。アハハハ」
「オホホホホ。ああ、楽しい。狂ってみたいもんですよ。では、頃合を見計らって天麩羅をお持ち致します。ごゆっくり、どうぞ」