「触媒っておっしゃると、つまりはどういう事ですか」
「触れ合う人間の人生に影響を与えて、その人の色を変えてしまうっていう事だよ。でも、決して悪くはしない。不思議な人だよ。だからね、自分を見失ってもらっては困るんだよ。影響力が強いんだからね」
「人騒がせな人間なんです。自分の存在自体が迷惑なんじゃないかって考える時もあるんです」
「疲れが出ているんだよ。苦しいんだったら、今までの月日を洗いざらい吐き出す事だ。泣こうとわめこうとかまわないからね。自分を素の状態に戻してみるしかない」
「はい、遠慮なくそうさせていただきます。それを受け止めて下さるのは御方様しかいないんです。でもその前に、博士も含めて不遇の死を遂げた人達のお弔いをさせていただきたいんです。そう思って、お線香とロウソクを持ってきました。実は、お花も買ってきたんです」
小さなブーケを紙袋から取り出すと、我が舎弟、さすがにやるわいといった笑顔が浮かんだ。
「気が利いているね。苦労の味かな。昔ね、子供の事であんまり苦しくてね、観音経にすがった事があるんだよ。うろ覚えかもしれないけど、唱えさせてもらおう。弔いが終わったら、浅草寺にお参りに行ってこようよ。またとない折だからね」
「はい、そうしましょう。楽しみですね。じゃあ、準備します」
「うん」
備え付けのグラスに花を差し、湯呑茶碗に水を満たし、熱いお茶を立てると、座卓の上は焼香台に早変りした。銘香の妙なる香りが部屋を満たした。静かに、両の手を合わせた。(皆様、どうぞ安らかに。無念の思いは、必ずどこかで晴らさせてもらいます)。じっと、目をつむった。
世尊妙相具 我今重門彼 仏子何因縁 名為観世音
…………………………………………… 念彼観音力
二人きりの、しかし荘厳な葬送の儀であった。それはまた、魔女裁判の被告になぞらえた、堕ちた自己を弔うために自らの手でたむける香華でもあった。