第8章 香 華 (11) | 3.5次元の不倫

3.5次元の不倫

この本は恋愛と人生についての小説ですが、
ひきつづき児童書(英語の対訳付)を書きました。
おたのしみに!

「色んな目に遭ったウーちゃんを相手に、綺麗ごとを言うつもりはないんだけど、金や地位だけが成功じゃないと思うよ。生きて、今ここにある、それだけで十分じゃないか。現に、博士はもうこの世にいないんだからね」

「その通りです。でも、亡くなったのは博士だけじゃないんです。編集の仕事がジリ貧になってから、仕事上の知人が三人も、まだ若くして亡くなってしまいました。死因は申し合わせたように心不全なんです。どういう事なんでしょうね」

「物の本によるとね、失敗を恐れて自分の欲望を抑えていると、ダイレクトに心臓をやられるという事だ。人間なんて圧力容器みたいなもんだから、出口を塞がれたら自爆するしかない」

「博士もそうして自爆してしまったんでしょうね」

「恐らくはね。だからさ、同じ境遇にありながら生きてここにいられるだけ上出来なんだよ。並大抵の精神力じゃないと思うよ」

「一人じゃなかったからだと思います。小谷野さんとの一件以来、母とも姉とも溝が出来てしまいましたから、支えになるのはお互いの存在だけでした。その母も、五年前に八十三歳で亡くなりました。すみません、私、自分の事ばかり話してしまって。あのう、御方様のお母様はどうされましたか。よもや、ご存命ではないですよね」

「生きていれば百を超えてしまうからね、それは無理な話だ。血圧っていう爆弾を抱えていたんだけど、お蔭様で七十八まで生きてくれた。きれいな最後だったよ」

「軽々しい事は言えませんけど、お母様はお幸せだったんじゃないでしょうか。家を新築して、旅行だお芝居だって、本当に孝を尽くしていらっしゃいましたから。私とは大違いです。私なんか、自分のせいで母の寿命を縮めたんじゃないかって、自責の念にかられているんです」