(これで案外、皆、裸の自分に戻れるのかもしれない)。自分でも意外なほど、静かな心になっていた。
「私も江戸っ子なもんでね、今更に近い話をクドクドするのは性に合いません。長く話すのはお互いに苦しいだけだ。端的に聞きますが、最大の原因はなんですか」
「はい。その前に、一言申し上げておきます。夫婦の問題というのは、一方だけが良い、悪いということはあり得ないと思います。私にもおおいに反省すべき点があることは認めています。その上での話し合いだろうと考えています」
子供が十歳になる頃までは必死に生活と闘って、子供を育てて、雑念が入る余地など全くありませんでした。しかし、子供が大きくなるにつれ、僕の中に違和感が生じてきたんです。
それは、例えばサラリーマンなら当然ついてまわる、出世にからむ認識の問題などもその一つです。最大限の力で仕事をしている身からすれば、同僚に負けてはいられません。同時に、上司との世間常識的な人間関係、たとえば、いわゆる盆と暮の問題です。これなどもやむを得ない問題として、円滑に処理しなくてはなりません。それは私一人の問題ではむろんなく、結果はこの家の方向性にも大きく関係してきます。しかし、なにかにつけ、そのような事は公務員の世界とは相入れない、との認識に終始していました。
そしてさらに、二人で築いてきたはずなのに、彼女はすべての成果を自分の功績のように考えているのではないか、そんな風にも思えてきました。自分の管理下にある夫と子供、マンションに高級家具、車、男も含むにぎやかな交友関係、食いっぱぐれのない仕事、沢山の宝物に囲まれて、彼女はどんどん変わっていきました。貧しくとも一緒にいられればという健気さは完全に過去のものとなってしまった。子供を見方につけ、三対一の構図が家庭の中にできてしまったんです。」