「貴方も、今度は貴方がイニシアチブをとれる女の人と一緒になって、人の親にもなってください。おだやかで、良いお父さんになれると思いますよ」
「いや、僕はもう結婚はしないと思います。良くも悪くも、女は貴女一人で十分です」
「そんな…」
「もう、人を巻き込むのはまっぴらご免だ。自分一人の身を守るので精一杯の男なんですよ、わかるでしょう」
「そんなこと…」
「泣かないでください、僕だって我慢してるんです。じゃあ、さようなら」
「お元気で、さようなら」
傷つけあうこともなく、淡々とした別れであった。ふと、無血クーデターという言葉が脳裏をかすめた。(けもの道にさえも分け入って行こうとする私の激しい性と彼が相容れるはずもない。彼は、淡々と飄々と結構楽しく人生を送っていくに違いない。幸せを祈ります)。もう一つの歴史が、過去のものとなった。
助手席の窓ガラスを、乱暴にたたく音に驚いて目を開けた。そこには、目を吊り上げた女と生活に疲れ果てた初老の女の暗い顔があった。
「あんた、親父と暮らしてる女だろう。出てきなよ!」
「出てこなければ、吾朗さんの会社に乗り込みますからね」
瞬時に理解した。若い女は小谷野課長の娘で、初老の女は義母に違いないという事を。
この日、離婚に向けての話し合いが行われ、ついさっき、小谷野の姿は瀟洒なマンションの玄関に消えて行った。私は、少し離れた夜道に車を止めてもらい、一人で待っていたのだった。