「そうですか。御方様がいなくなってしまったら、ますます無味乾燥の会社になってしまうでしょうね。あの、この先もお付き合い願えますか」
御方様は一瞬目を宙に遊ばせた。
「不思議なものでね、生きるステージが変わると過去の人間関係は一気に色褪せてしまう。一線を退いて老いて行くトーホーには、もう神通力はない。気持は嬉しいけど思い出の人として心の中に秘めておいてくれた方が有難い。わかってもらえるかな」
(御方様は、ちゃんと人生の引き際を考えていたんだわ。自分という存在を納得の行く形で人の記憶に残しておきたいという考え方は、究極の自己愛なのかもしれない。見事な生き方だわ)。こういう女性と縁を結べた事への感謝と名残惜しさが交錯し、針で突かれたように胸がチクチクと痛んた。
「よくわかりました。これから生きて行く中で、きっと折にふれて、御方様の言葉が浮かんでくると思います。御方様は、私の中で永遠です」
「あんまりこそばゆい事を言わないでくれよ。ウーちゃんはこれからあまたの事を経験して、もまれて、練れていくんだよ。だからね、ウーちゃんがトーホーの年齢になる頃には、こっちなんか及びもつかない程、ふっきれた女になっていると思うよ。その頃に、また会いたいね。本当に会いたい。楽しみにしているからね」
「私も同じです。だから御方様、絶対に長生きして下さいね」
「ありがとう。かくなる上は、けもの道に大輪の花を咲かせてもらいたいね。」
「はい。しっかり生きないと、傷つけた人達に申し訳が立ちませんから」
「泥田にだってあんなに見事なハスの花が咲くんだからね」
「御方様、本当にお世話になりました」
御方様は、追憶の人となった。