初めてのドライブの日、私達は矢切の渡しへと車を走らせた。小さな渡し船に乗りながら、二人で小さな声で矢切の渡しを歌った。その歌詞に自分達の運命を重ね合わせ、万感胸に迫る思いであった。
どこへ行くのよ 知らぬ土地だよ
揺れながら櫓がむせぶ 矢切の渡し
息を殺して身を寄せながら
明日へ漕ぎだす 別れです
小谷野さんが、ソッと手をつないできた。
「昭和が終わったのは、まさにこの頃だったわね。人生やり直しっていう時に元号まで変わって、何の符合かって驚いたのを忘れもしないわ」
「平成になるやいなや、退職に離婚だからね。よく乗り越えたよ。思い出しただけでも疲れる」
「貴方はオコリンボに対しても家族に対してもきちっと男を貫いたと思うわ。あの時からずっと、その事に対する誇りが私を支えてくれたように気がする」
「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、いささか褒め過ぎだよ。今度の奥さんは尊厳のおばけみたいな人だから、しっかりしなきゃと思っていたのは確かだけどね。今更、愛想を尽かされても行く当てもないんだからね。アハハハ」
「おばけとは何事ですか、まったく。でも、お世辞じゃなく、結構カッコ良かったわよ」
金銭や権利がからむドロドロとした人間関係の中にあって、義父をしてあっぱれと言わしめた、今は夫と呼ぶ男の顔を改めてじっと見つめた。心は、愛憎劇にもみしだかれる三十六歳の女そのものにタイムスリップしていた。