3.5次元の不倫  第5章 けもの道(13)  | 3.5次元の不倫

3.5次元の不倫

この本は恋愛と人生についての小説ですが、
ひきつづき児童書(英語の対訳付)を書きました。
おたのしみに!

「元気だった?」

「いやだ。毎日会っていたじゃないですか。どうにか生きていましたけど」

「何をしていたの?」

「別に、何も。条件反射のように会社に行って、小谷野課長の顔を見ないようにして仕事をして」

「ボクもできるだけ外に出るようにしていた。抱きしめたくて、せつなくて、生き地獄のようだった」

「私、包丁が握れなくなりました」

「えっ」

「こう見えても、一生懸命にお料理を作ってきたんです。でも、それができなくなりました。ここまで心が離れてしまっているのに、貞淑な顔をしてお料理を作るなんていう欺瞞に満ちた事は私にはできないんです。包丁を持つと吐き気に襲われました。末期だな、そう思いました」

「ボクも全く同じだ。身体だけが家に居て、心は貴女と一緒だった。気が変になりそうで、相手と何とか話をしようとしても、まともに言葉が出てこなかった。ボクの気持が自分の下にない事を、彼女も気付いていると思う」

「そうですか。私、修復できるものなら小谷野さんはご家庭に戻るべきじゃないか、と何度も考えました。私は、独り身ですから、血反吐を吐きながらでも出直すしかない、そんな風に自分に言い聞かせた事も本当に何度もあったんです。でも、どう考えてもあのご家庭では、小谷野さんの心に平安は得られないだろうと思って、簡単に身を引く事はどうしてもできませんでした。ご免なさい。この頃、何かというとすぐに涙が出るんです。寄る年波ですかね」