「そうですか。見事な生き方ですね。また、涙がこぼれてきそうです」
「承知の上だろうけど、妻子ある男が家庭を捨てるなんていう事はまずあり得ない話だよ。失いたくなかったら、友達のままでいるという選択肢もあるんだよ」
「はい。わかっているつもりです」
「ウーちゃんはね、小谷野さんが毒舌のマリアと言ったように、情が深過ぎるんだよ。昔、陽の当たらない彼氏を見捨てておけなかったように、今度は小谷野さんの孤独の影にほだされてはマズイよ。置かれているステージが全く違うからね。彼には子供がいる。厳然たる事実だよ。恋愛は刹那、友情は一生だ。忘れて欲しくないのはね、生命の再生産も時には罪悪だ、という事実だよ。トーホーを見ればわかるよね」
「はい。こんなに貴重なお話を伺って、ムダにしたらバチが当たります」
「何でも応援はするからね。だけどさ、偉そうな顔をして人の恋路に首を突っ込むようになるとは、人生がたそがれた証拠だよ」
御方様はそう言って、少し寂しそうに笑った。
「けもの道か、まいったね。前から、恐ろしく達観した人だとは思っていたけど、そこまでの修羅場を味わっていたとはね」
いつもの店でグラスを傾けながら、小谷野課長は搾り出すように言った。