「いやいや。だけどロクに話はしないし、がむしゃらに机にかじりついているから、取り付く島がなくてね。確かに、相当な頑固者ではありますね、貴女は」
(頑固だったから、ここまでやってこられたのよ! 親分に守ってもらっている人に私の苦労がわかるかしら。わかる訳がないわよね)。皮肉一杯のセリフがほとばしり出た。
「だって、男の方はカッコイイ事を言っていても、すぐに心変わりされちゃうじゃないですか。私は子供もいないしローンもないからまだしも自由に物が言えるんです。だけど、小谷野さんもさぞかしお辛いでしょうね。理想的な家庭を維持するために、大事な物を失いつつあるんですから。それは、魂の自由です!」
しまったと思った時は遅かった。小谷野課長の顔から笑顔が消え、怒ってしまったのかと気を回すほどの真顔になっていた。
「すみません。止まらなくなってしまって、言い過ぎました。でも、今の小谷野さんはちっとも幸せそうじゃないし、見ていて痛々しいくらいです。それで、つい…」
「気にしなくていいですよ。僕が今どういう気持でいるかわかりますか。辛辣な事を言われたのに幸せなんですよ。それは多分、貴女の言っている事が愛情に満ちているからなんだろうな。貴女は、優しいね。毒舌のマリアだな」
「どういう意味ですか、まったく。私が小谷野さんに幻滅を覚えたのは本当です。でも、ご自身がすごく悩んでいるようにも見えて、そうだとしたら何とかして自分を取り戻す道はないのかなと思うんです。小谷野さんは、オコリンボに操られるような人じゃない。今でも純粋な人だと思っているんです」
小谷野課長は、ゆがんだような笑いを浮かべてじっと話を聞いていたが、ぐい呑みの中の日本酒を一口で飲み干すと、堰を切ったように話し始めた。