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自分を許し本当の自分へ帰るためのメンタルサポーター「ひろいさとる」が本当の自分に帰るプロセス

メンタルサポーター、ひろいさとるが、自らが本当の自分へ帰っていくプロセスを赤裸々に語っています。
また、クライエントやサポーターの皆さんとのQ&Aをここで共有することもあります。

穏やかで、静かでいられている。

ことが多い。


でも、たまに、

少しだけ怖い。


あ、あれはまずい、

とか


あ、きっとしくじるだろうな、


とか。


きっと嫌なことがあるに違いない、


という質をもった「反応」が起きる。


これを防ごうとすることは、
わたしの意識レベルではマッチしていない。


防ごうとも避けようともせず、
それを「意識的に」あるがまま受け入れる。


内面で、統合する。


その都度、わたしの意識が拡大する。


そうやって、ヒットを1つ1つ積み重ねていく、
野球選手みたいに(笑)。


シンプルだ。

実にシンプルな仕組みだ。


つい、もっと、
新しいことを学ばないと、
もっと詳しく調べないと、

と考えてしまいがちだが(笑)。
もう不快なことが、
二度と起こらないことを期待していた。


穏やかな状況だけが続くのが、
スピリチュアルな成功だと誤解していた。


ネガティブなものと、
遭遇するのであれば、
それは自分の努力が足りないのだと。


そう思考していた。


しかし、タデウス・ゴラス著、
『なまけ者のさとり方』にある一節のお陰で、
その思考を超えることができた。


愛が最も気高く、最も神聖な行為であるのは、
愛がその中に常に愛でないものまで包み込んでいるからです。




ようは、愛であるという在り方には、
“ネガティブなもの”が包みこまれているのだ。


だから、
“ネガティブなもの”が目の前に現れる。


ときには、わたしの身体を痛みを帯びて突き抜ける。


そんなとき、なにが愛なのか?


どうあると、愛なのか?


1.抵抗しない
2.判断しない
3.執着しない


この3つの在り方で、
わたしは「スペース・空間」になる。


あるがままであること。


それが愛であることと同じだと気づきました。
ここじゃない。
これじゃない。


そう思考して、
苦しむことを選択していた。


いまの仕事。
いまの職場。
いまの会社。


いつも、いつも、

ここじゃない。
これじゃない。


と、思考し続けていた。


その選択が、
重大なミスであったと、
エゴは反応する。


反応しているのがエゴだと気づくことで、
不毛な思考のスパイラルに入ることはない。


そしてさらに、
次の動画でアランワッツさんが話していることは、
ほんとうのわたしの意識を、
立ち上がらせてくれた。


↓ぜひご覧あれ。
アラン・ワッツ「あなたは永遠なる宇宙」

・・・


ここじゃない。
これじゃない。


そんな遊び、ゲーム、
そんなかくれんぼを、
できるくらい、
わたしは無限の存在なんだと、気づく。