もう不快なことが、
二度と起こらないことを期待していた。
穏やかな状況だけが続くのが、
スピリチュアルな成功だと誤解していた。
ネガティブなものと、
遭遇するのであれば、
それは自分の努力が足りないのだと。
そう思考していた。
しかし、タデウス・ゴラス著、
『なまけ者のさとり方』にある一節のお陰で、
その思考を超えることができた。
愛が最も気高く、最も神聖な行為であるのは、
愛がその中に常に愛でないものまで包み込んでいるからです。
ようは、愛であるという在り方には、
“ネガティブなもの”が包みこまれているのだ。
だから、
“ネガティブなもの”が目の前に現れる。
ときには、わたしの身体を痛みを帯びて突き抜ける。
そんなとき、なにが愛なのか?
どうあると、愛なのか?
1.抵抗しない
2.判断しない
3.執着しない
この3つの在り方で、
わたしは「スペース・空間」になる。
あるがままであること。
それが愛であることと同じだと気づきました。