試験勉強に
疲れたとき。
テキストの内容が難しすぎて
現実逃避したくなったとき。
窓の外をぼーっと
眺めながら、
鍼灸の専門学校に
通っていた頃のことを
ふと考えたりした。
クラスメートだったみんな。
どうしているんだろう。
私が通っていた学校は、
昼と夜の2部制だった。
昼間のクラスは、
大部分が高校を卒業後
入学する年齢層だったと思う。
翻って。
夜間のクラスは、
みんな社会人。
年齢層も20代から
50~60代近くまでと幅広い。
いや、もしかしたら。
私が知らなかっただけで、
還暦を過ぎていた人も
いたのかもしれない。
これが夜間部の
面白いところだ。
本当に色々な人がいた。
昼間の職業。
鍼灸師を目指した理由。
みんな、
それぞれ違う。
20年以上前のことだが。
学費は前期後期
それぞれ60万円。
1年で120万円。
これとは別に
入学金。
教科書代。
実習服代。
実習で使う
備品代。
参考書代。
学校に通うための
定期券代。
授業前や
合間の軽食。
たまに、
クラスの飲み会。
気の合うクラスメートと
食事やお茶に行くこともある。
学校は3年間。
色々な費用を
全部ひっくるめると。
卒業までには、
ざっと見積もって
500万円前後は
必要だっただろうと思う。
ああ、思い出した。
定期テストで落第点を取ると
再試験なのだが。
1科目につき、3000円
払わなければならなかった。
教員曰く。
「お金を取るのが目的ではありません。
安易に、追試を受ければいいや、とならないため」
だそうで...
けっ。
そういえば。
私と同年代で、赤ちゃんが
生まれたばかりの同級生は、
この「罰金」の支払いで
奥様に叱られたと言っていた。
「3000円は、痛いっすよ」
ビールの本数を減らす云々とも
言っていたような。
気持ちは痛いほど
分かった。
例えば、もし。
3科目落とそうものなら、
9000円の支払いなのだ。
授業は月曜日から土曜日。
6時~9時過ぎまで。
授業に間に合うよう
仕事を切り上げて
学校に直行する。
残業はできない。
家族と過ごす時間や
家事に充てる時間を削り。
その上、
テスト勉強も必要。
さもなければ、罰金。
悪くすると、留年。
だから、みんな。
それなりの決意や覚悟が
あったと思う。
クラスメートの中に、
歯医者さんがいた。
医師と歯科医師は、
はり師の免許がなくても
鍼を刺すことができる。
「どうして、わざわざ?」
こう訊いてみると。
「まったく鍼灸の知識がないから、
ちゃんと勉強したいと思って」
偉い人だな。
心から
こう思った。
歯医者さんになるだけでも、
莫大な時間とお金と労力が
必要だっただろうに。
夫が鍼灸師だから
夫婦で鍼灸院をやりたいと
言っていた人もいた。
私と同じケースだ。
主婦の人もいた。
当時、50代
だっただろうか。
今の私より
少し年上に見えた。
「お母さん、幸せそうに見えない」
娘さんに、
こう言われたそう。
夫に稼ぎがあって、
別に生活に困るわけでは
ないのだが。
彼女は、
自立したかった。
確か。
私がまだ20代の頃、
山田詠美の本で触れた文章。
あとがきだったかな。
経済的な自立がなければ、
精神的な自立はない。
その通りだと思った。
今でもそう思う。
きっと。
このお母さんも
こんなような思いを抱いて
入学したんじゃないだろうか。
ある日。
あれは学校の
帰り道だったか。
このクラスメートが、
少し離れたところから
私を手招きした。
何だろう...
彼女のそばまで
行ってみると。
「わっしょいさん、今は大変だと思うけど。
でもね、赤ちゃんは絶対に大きくなるから」
こう言ってくれた。
入学後程なく、
妊娠していることが判明。
出産後ひと月
学校を休んだ後、
再び学校に通い始めた
頃のことだった。