続・あれから(1) | 35歳年上の夫は師匠でエイリアン! 

35歳年上の夫は師匠でエイリアン! 

【夫】台湾人 × 【妻】日本人

国際結婚? いえ、惑際結婚ですから!

気がつけば2男1女。

あの男を見ていると、とても同じ人類だとは思えない。
漢方薬を水なしで飲めるなんて
一体どんな味覚をしてるんだ、あのおっさんは。

 

 

 

元日の地震から

丸9ヵ月が過ぎた。

 

 

果たして。

 

この期間が

長かったのか、

短かったのか。

 

 

実際のところ。

 

自分でも

よく分からない。

 

 

もう9ヵ月なのか。

まだ9ヵ月なのか。

 

 

なにやら、

実感が湧かない。

 

 

ただ。

 

市内には更地が増えたし、

引越していった人も多い。

 

 

我が家の近所も

例外ではない。

 

 

ここ一週間くらいに

渡るだろうか。

 

うちから三軒先のお宅で

解体作業が続いている。

 

 

うちの前の坂を下り終えた

ところにあるお宅は、

すでに更地になっている。

 

私が幼い頃からあったお宅で、

私の同級生の一家が

暮らしていたこともある。

 

 

 

不思議なもので。

 

日々、出かける度に

目にしていたそのお宅も、

跡形もなくなってしまえば、

 

ほんの数日で、どんなお宅だったか

大まかなイメージでしか

思い出せなくなってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

「どんなお宅やったか、細かいところは

もう思い出せんわ」

 

 

「俺もそう」

 

 

 

 

 

 

高校生の次男が

こう答えた。

 

 

どうやら。

 

年齢の問題では

ないらしい。

 

 

 

 

諸行無常

 

 

 

 

すべては移ろう。

 

人も物も街も、

変わらないものは

何もない。

 

 

 

これだけは、

生々しく心に響く。

 

 

 

 

 

この記事は、

未来の私へ。

 

いつか、きっと。

 

今年の元日からの日々を

思い返す日が来るだろうから。

 

 

 

 

出来事の羅列が続くので、

読んでくださる方には

退屈かとは思いますが、

 

もしよろしければ

お付き合いください。

 

 

 

 

 

 

 

 

さあ、そろそろ

帰省した長男の好物を

作ろうかと思っていた

元日の夕暮れ前。

 

 

 

 

地面が家が、

揺れに揺れた。

 

 

 

1回目は大きくはあったが、

まあ何とか。

 

 

 

 

 

「大丈夫! 落ち着いて! 冷静に!」

 

 

 

 

 

こたつに潜った

3人の子供たちに

こう告げる。

 

私は机の下に

潜っていた。

 

 

 

平成19年の

能登半島地震も

経験済みだ。

 

 

 

 

ところが、2回目。

 

棚から物が落ちて、割れる音が

あちこちから聞こえる。

 

 

おまけに。

 

えらく長い間

揺れている気がする。

 

 

1回目の揺れの時には、

 

 

 

 

「ふうん?」

 

 

 

 

こんな様子で

余裕がありそうだった

我が家の猫チェリーも、

慌ててこたつに飛び込んだ。

 

  

 

 

 

 

「これは、ただごとではない」

 

 

 

 

 

 

本能的に

こう思った。

 

 

 

揺れが収まった後、

家族皆で外へ出てみると。

 

近所の人たちも

同じだった。

 

 

 

 

 

 

「すごい揺れでしたね。

大丈夫でしたか?」

 

 

 

 

 

 

こんなふうに

声を掛け合った。

 

 

 

 

その後、

程なくして。

 

 

大津波警報発令。

 

 

車のトランクに

色々と積み込んだ。

 

 

 

缶詰

カップ麺

お菓子

カセットコンロ

救急箱

避難用グッズ

ガムテープ

ブルーシート

上着

靴下

タオル

ホッカイロ

筆記用具

 

 

他にもあったかな。

 

手当たり次第という

感じだった。

 

 

 

 

その後、車でうちの

裏手の山へ向かうと。

 

すでにたくさんの

車が避難してきていた。

 

 

車中で観たニュースでは、

ひたすら避難を呼びかけていた。

 

 

真冬の夕方4時過ぎに

発生した地震の後だ。

 

外はもう真っ暗。

 

 

 

そういえば、あの時。

 

トイレが我慢できなくなって、

竹藪にそっと入ったなー。

 

 

 

 

 

「母ちゃん、もう我慢できん」

 

 

 

 

 

幼稚園児のような

おばさんに対して、

 

 

 

 

 

 

「あー、はいはい。

そこの奥でしてきたらいいよー。

俺、ここで周り見とるから」

 

 

 

 

 

長男よ。

 

母ちゃんは、あの時の

あなたの優しさを

一生忘れません。

 

 

 

 

 

どれくらい時間が

経っただろう。

 

津波警報が解除され、

自宅へ戻った。

 

 

 

子供たちが、居間や台所で

ガラスの破片や

棚から落ちてきたものを

片付けてくれている間、

 

私は別室で

同じ作業をしていた。

 

 

 

 

 

 

その後、

居間に戻ると。

 

 

 

 

 

母ちゃん、みんなで相談した結果、

避難所には行かんことにしたわ」

 

 

 

 

 

子供たち皆で

きれいに片づけてくれた

居間のこたつに座りながら、

長男がこう宣言した。

 

 

 

 

 

「ああ、そう。はいはい」

 

 

 

 

 

そういう大事な話を

3人でできるようになったのかと

感慨深く思った。

 

 

 

 

 

 

みんな、

頼もしくなったな...

 

 

 

 

 

 

先生。

 

どこからか、

見ていますか。

 

 

 

 

 

有難いことに、

家が崩れた様子はなかったし、

電気もガスも通っていた。

 

ただ。

 

うちのどの蛇口からも

水は出なかった。

 

 

 

 

 

 

「居間、全部掃除したから、

ここで寝られるよ」


 

 

 

 

 

再度、長男。

 

 

 

子供たちよ。

どうもありがとう。

 

 

 

余震が怖くて、

とてもいつも通りに

階上で寝る気には

なれなかった。

 

 

 

こうして。

 

この日を境に、

しばらくの間、家族みんなで

居間のこたつで寝る生活が始まった。


 

 

 

 

 

すみません。

 

今の時点では、なんとも

言えないのですが、

 

もしかしたら、結構

続くかもしれません。

 

ええ。

出来事の羅列が。

 

 

 

もしよろしければ、

またお立ち寄りください。

 

 

 

 

 

 

 

最後になりましたが。

 

先月9月21日の能登半島豪雨で

お亡くなりになった方々の

ご冥福をお祈りいたします。

 

また、大切なご家族を亡くされた皆様や

被害に遭われた皆様に、

心よりお見舞い申し上げます。

 

 

未だ行方不明の方も

いらっしゃいます。

 

どうか、どうか。

 

一刻も早く

見つかりますように。

 

 

 

 

 

能登はやさしや土までも

 

 

 

 

 

そのやさしさは

強さに他ならないと、

 

今こそ信じたい気持ちで

いっぱいです。

 

 

 

 

 

 

 

にほんブログ村 家族ブログ 国際結婚夫婦(台湾・香港・中国人)へ