「エイリアン、故郷に帰る」の巻(20) | 35歳年上の夫は師匠でエイリアン! 

35歳年上の夫は師匠でエイリアン! 

【夫】台湾人 × 【妻】日本人

国際結婚? いえ、惑際結婚ですから!

気がつけば2男1女。

あの男を見ていると、とても同じ人類だとは思えない。
漢方薬を水なしで飲めるなんて
一体どんな味覚をしてるんだ、あのおっさんは。

「エイリアン、故郷に帰る」の巻(19)




病院の待合室の窓から外を眺めつつ、
私はあることを繰り返し考えていた。


麝香(じゃこう)という薬のことだ。


オスのジャコウジカから作る漢方で、
私は以前、師匠からこの薬の話を聞いたことがあった。


師匠のいとこが交通事故に遭い、
意識不明で入院していた時のこと。


師匠のお兄さんが麝香を持って
病室を訪れ、この薬を飲ませたところ、
意識を回復し、その後すぐに退院したという。


医者は、たいそう驚いたそうだ。


数年前に亡くなった義兄は、生薬や漢方にとても詳しい人で、
生前は自ら色んな薬を作って、人にあげていた。


私たちにも、よく分けてくれたものだ。


リンパ腺の腫れた人が、義兄の作った薬を
患部に塗ったところ、数日で腫れが引いた
なんて話もあった。


そんな義兄は、麝香には、強力な気付けの
効能があることを知っていた。




この時、同時に私は
こんな話も思い出していた。







「あなたの息子さんのうち2人は、偉いお医者さんになるよ。」






亡くなった義母は、
占い師にこう言われたという。







今ここに、お義兄さんがいてくれたら、
どんなに心強いだろう...







だが、義兄はもういない。






人工透析が始まってしばらく経つと、
師匠の顔色は目に見えてどす黒くなっていった。







先生に麝香を飲ませてみたらどうだろう...?







義姉と義弟のファンツンに相談してみた。






「あの薬は高いよ。」






ふたりは口を揃えてこう言う。

そのことは、私も師匠から
聞いて知っていた。







でも。だから何だ。
金に換えられるか。






それよりも私が心配していたのは、
師匠の体のことだった。





麝香という薬は、その成分が強力だからこそ
効果があるんじゃないだろうか...?





先生の場合は、健康だった人が
ある日突然、意識不明に陥ったのとは違う。


もうすでに体が弱っている状態だ。


倒れて昏睡状態で入院してからは、
食事も固形物では摂っていない。

チューブからのミルクと栄養剤のみだ。
十分に体力があるとはとても言えない。






そんな人に、そんな強い薬を
飲ませていいものだろうか...





先日、私の推拿の後、
師匠の血圧が下がったことを思い出した。







もし麝香を飲ませて、
先生の容態が急変したら...






あの時の二の舞になったらと思うと、
恐ろしくてドクターに申し出る
勇気が涌いてこない。


この少し前、義姉が自分で煎じた
薬草を師匠に飲ませたいと申し出た時も、

容態がどう変わるか分からないからという
理由で、ドクターの許可が下りなかった。


そのことも、私がためらう
理由のひとつだった。








そんなことを悶々と考えながら
外を歩いていた小雨の昼下がり。

病院の近くに、小さなお宮さん
らしきものを見つけた。


正直なところ、私は台湾で
お寺とお宮の区別がつかない。


だから、もしかしたらそこはお寺だったのかも
しれないが、分からないものは仕方がない。


誰かに訊いてみたくても、
私は中国語が分からない。

とにかく、人智を超えた存在が
お祀りされていることに変わりはないだろう。


中に入って、お参りさせてもらうことにした。


ご本尊がどなたかは分からなかったが、
とにかく3階か4階まであったそのお宮さんを
上から下まで拝拝させてもらった後、こう決めた。






ここでお百度参りさせてもらおう。
麝香の代わりになるかもしれない。






台湾にお百度参りのような習慣が
あるのかどうかは分からない。


だから、もしかしたらご本尊が困惑するかもしれないが、
思い立った以上、やらせてもらおうと決めた。


幸い、私以外に参拝客はいなかったから、
訝しがられることもないだろう。


建物の入口近くの棚に傘を掛けさせてもらって、
メモ帳とペンを取り出す。

メモ帳とペンを置く場所を決めたら、
階段を下りて入口に立つ。






しっかり願掛けせねば。





階段を上って入口を抜け、ご本尊の前に立ち、
手を合わせてこう祈る。







「この近くの○○病院の5階、ICUフロアに腎臓を患って入院している
 ○○○です。○○○を助けてください。どうかよろしくお願い致します。」








一礼した後、メモ帳に
一の字を書いて入口へ戻る。

これを正の字が
20回になるまで繰り返した。




途中、私がしていることを
不思議そうに見ていたお坊さんに
話しかけられた。








「何してるの?」


「お百度参りです。」









あの時、一体どうやって説明したんだか、
今となっては自分でも不思議なのだが、

筆談を交えながら説明したところ、
どうやら私のやっていることを
理解してもらえたらしい。







「病院はどこ?」







「○○病院」

紙に病院名を書いた。







「私がお祈りに行ってあげるよ。」







何て親切なお坊さんだろう。
有難くて涙が出そうだった。







「ありがとうございます!」


「お金は要らないから。」







どこまで有難い人だろう。

こう思うと同時に、とても恐縮した。

でも、お坊さんに直接お祈りしてもらえたら、
どんなに心丈夫だろう。

ここは、ご厚意に甘えることにした。

お坊さんに、ICUフロアの
場所と面会時間を伝えた。








その日の午後の面会時間。
言葉通り、お坊さんは来てくれた。








「先生。お坊さんが来てくれましたよ。有難いですね。
先生のためにお祈りしてくれますから。きっと良くなりますよ。」








師匠のベッドの前で、お坊さんは
お経か何かを唱えてくれた。

何を唱えてくれているのかは全く分からなかったが、
私の場合、それは日本でお経を聞いている時も同じだ。


その後、お坊さんはお祈りを
したためたメモを渡してくれた。






「これを唱えるといい。」






その場に一緒にいたファンツンが、
帰り際にお布施を渡そうとしたが、
お坊さんは、決して受け取ることなく帰って行った。







「お布施は渡したの?」






ファンツンは、心配そうに私に訊いた。







「ううん。でも昼間、拝拝した時に、お賽銭箱にお金を入れてきた。」






こういうときのお布施って、
相場はいくらぐらいなんだろう...






お寺とお宮の区別すらつかない私は、
お布施に相応しい額を知る由もなかったが、
お百度参りをさせてもらった時に、
1000元札をお賽銭箱に入れた。



やっぱり、あれでは相場からは
程遠い額だったんじゃないだろうか...








きっと、少な過ぎるんだろうな... 
お坊さん、ごめんなさい。








「袖触れ合うも他生の縁」という。


きっと、あのお坊さんと師匠は、前世で
何かしら接点があったんじゃないだろうか...?


一体、どんなご縁だったんだろうか。


もしかすると。

前世では、師匠があのお坊さんの
ために祈ったのかもしれない。


それがどんなご縁であれ、今世の師匠のために
無私の心で祈ってくれた人がいる。


無私の心で祈ってくれた人がいるのだ。


もしかしたら。

来世では、今度は、私があのお坊さんの
ために祈るのかもしれない。










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