すでに在日何十年だったから、日本語の読み書き会話には困らなかった。
でも本人曰く、
「日本語はむずかしよー」
とのこと。
あれは、一緒に暮らし始めてまだ間もない頃。
お昼ご飯を食べているとき。
「....................」
「....................」
会話が途切れて無言の状態がしばらく続いていた。
手持無沙汰に感じた私は、何気なくチラッとエイリアンの方を見た。
黙々とご飯を食べているエイリアン。
いつものことだが、おでこの辺りが涼しげだ。
早い話が禿げている。
へへへへへへへ。
心の中でほくそ笑みながら、その淡く光る部分を軽くはたいてみた。
「ペチーン!」
と言いながら。
すると軽い感じのいい音が鳴った。
思った通り、いい音がするじゃないか。
こりゃ面白い。はははははは。
ところが次の瞬間。
エイリアンのご飯を食べる動きがピタッと止まった。
箸とお茶碗を持つ手が空中で固まった。
同時に表情も。
あら。もしかして...?
そう思うほど、エイリアンの顔は険しかった。
ところがこう言った。表情はいたって真剣だ。
「え?ペチンと言うと?ペチンは何?
わたし、ペチンと言う日本語わからない!」
そこかい。
何のことはない。
表情が固まったのは「ペチン」という言葉に覚えがないか、
必死で記憶を辿っていたからだった。
はたかれて軽い音がしたことは、気にならなかったらしい。
私は思わず大笑いした。
他にも色々あった。
「あれ、これどうしよ。タヨレよー。タヨレ。拭かないといけないよー。」
長男が生まれて間もない頃。
長男と一緒にいたエイリアンが、大きな声でこう言った。
何、タヨレって?何がどうした?
慌てて長男のそばに行ってみた。
ヨダレのことだった。
「ああそれね。それはチッキンにあるよー」
どうやらキッチンのことらしかった。
何も無理して洋風に言うことはない。誰も期待してない。
台所って言えば?
今でもこう言うことがある。
やめろ。可笑しいだろ。
「ねえ、ななごーさん、どうする? ななごーさん。」
全く意味不明。暗号?
話をよく聞いてみて、やっと納得。
七五三のことだった。
一風どころか、念には念を入れて幾重にも変わったこの男。
私が驚いたのは、エイリアンがプリンを知らなかったことだ。
いや、もしかしたらプリンの存在は知っていたのかもしれないが、
少なくともプリンという名称は知らなかった。
私が食べているのを見て、
「ね、それ何?何という食べ物?」
真顔でこう訊いた。
そう言えば、地下鉄サリン事件も人に聞かされるまで
発生から数日間、全く知らなかったそうで。
事件発生当時、新宿・高島屋の目と鼻の先に住んでいたのにも関わらずだ。
ああそうそう。
ディズニーランドがどこにあるのかも知らなかった。
本当に怪しい男だな。仙人なら山にでも行け。
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