初めてエイリアンと遭遇してから何日くらい経っただろう。
その日は天気の良いお昼休み。
いつものように公園でお弁当。
一つだけ違っていたのは、
座っているベンチがいつもと違っていたこと。
広い公園で、階段で下るとカメがいる池がある。
その日はカメを見ながらランチの気分だった。
エイリアンは初遭遇後も何度か公園に現れ、アドバイスを求められた。
特に害もなさそうだったから、一緒に考え、できる限り答えた。
ちなみに、エイリアンの書いた文章は、東洋哲学の根本、
陰陽五行の基本的な考え方を臓器に当てはめたものだ。
初めて見た時は暗号みたいだったが、その後、鍼灸の勉強をしていくうちに
私もそのことを理解した。
カメを見ながら、こう思った。
あの人、今日も来るかな。
いつもと違うベンチに座ってるからわからないかな。
でも、約束してるわけじゃないし。
気がつくと、すでに階段の上から見下ろしている。
よくここにいるのが分かったな。
一体何の器官が発達してるんだ、このおっさんは。
いつものように、一緒に文章をこねくり回していたが、
気が付くと、じーっと私の顔の左側上部を見ている。
何か文句でもあんのか...?
「あのね、ここのこれ。時間が経つとソバカスになるよ。」
私の左目尻を指さして言う。
「え、そうですか?」
エイリアンが少しだけ正体を現した。
「私はね、新宿で治療院やってるよ。今度来る?」
「はい。」
阿呆、ここに極まれり。
公園で数回話しただけの、恐らく中華系のおっさん。
本当に見ず知らずの、どこの誰かもわからないのに!
「じゃ日曜日。午後3時、どう?私、料理ごちそうするよー。」
その後、昼休みが終わってから猛烈に不安になった。
当然だ。
一体、何考えてたんだろう。
血迷ってたとしか言いようがない。
だったら日曜日、行かなきゃいい。簡単な話。
もちろん電話番号だって教えてない。
が。
どういうわけか、私はどうしても行ってみたかった。
これは、私が就職活動をしないで、アルバイトしていた理由と関係がある。
私は在学中から、治療の世界に興味を持っていて
その世界に進んでみたいと思っていた。
ただ、卒業と同時に、その道に進む計画を立てることが叶わなかった。
どうしたものかと思いながら、結局、就職はしなかったのだ。
興味はある。でも恐ろしい。
もしマフィアか何かだったらどうしよう...?
おっさんの治療院に入った瞬間、クローゼットから男たちが出てきて、
毛布にくるまれて連れ出されたら?
マカオあたりに売られたり、臓器売買させられたら?
キレイどころではないから、売春はないだろう。
自虐的な余談だが。
その当時、テレビでは、蛇頭(スネークヘッド)と言われる
中国の人身売買組織が日本で暗躍しているというニュースが頻繁に流れていた。
公園で会ったあのおっさんが、
この組織とは関係ないって誰に言い切れる?
母と姉に相談してみた。
「絶対やめとけ!」
判で押したように言われた。
誰に訊いたって同じだったに違いない。
私だって同じことを言うだろう。
でも、行ってみたい!
好奇心にはどうしても勝てなかった。
虎穴に入らんずば虎児を得ず。
この言葉にすがった。
今思えば大笑いだが、当日、同居していた姉にこう言った。
「もし夕方5時になっても電話がなかったら、
なんかあったと思って警察に電話して!」
本気だった。
チラシにあった住所のマンションに、約束の時間より早めに行った。
もちろん調査のため。
その建物の1階部分は交番になっていた。
姉に頼んでいたのと同じことをお願いしようかと本気で思った。
でもやめた。
「そんなに怪しくて恐ろしいんなら、行かなきゃいいでしょ?」
こう言われるに決まってる。
その後、建物の中に入って、治療院のプレートがある部屋の扉に
耳を当てて様子を探ってみた。
変な声がしないか?叫び声は?うめき声は?
男たちの話し声は?変な臭いは?
とりあえずは、何もなさそう。
約束の時間がきた。
呼び鈴を押す。
この時、私は人生最大の自己責任の舞台に立った。
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