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カナダ留学記ーHarmony Log

バンクーバー・ブリティッシュコロンビア大学の商学部に進学したビジネス生徒のブログ。学生生活で感じたこと、経験したことが中心。

毎週土曜日の夜(日本時間の日曜日の午後)は必ず更新する予定だが、それ以外にも思いついた時に書きたいことを書くかもしれない。

昨日、本当に久しぶりに学業に関することで泣いた。

経済学の中間テストが予想以上に難しかった。ある程度勉強したつもりだったのに、自信をもって答えられた質問がほとんどなかったことにショックを受けた。テストの途中で監督していたアシスタントさんが間違えて大問の一つの答えをホワイトボードに書いてしまうというハプニングがあり、試験会場に入ってきた教授が怒り出すという一大事が集中力を切れさせたのも痛かった。

…おそらく今回のテストは赤点だろうなぁ、とは思うが、結果が出るまでわからない。

なぜ成績を見てもいないのに泣いていたのか。

私は頭がいいことが社会的に認められる絶対条件だと信じているようだ。

もちろん「頭の良さ」にもいろいろあるし、他人に認められるのは成績の良さだけではない上に、そもそも社会的に認められるという言葉の定義があいまいである。

けれど、ここで注目したいのは私がそう信じているということだ。

哀しいかな、私は自分の価値を成績でしか判断していないのだ。どこでどう間違ってこうなってしまったのかはわからないが、これではあまりにも自分が不憫である。自分の人間としての良し悪しが他人の作った問題を解いただけで決まってしまってはおかしいだろう。

けれど、「成績だけがすべてじゃないよ」と慰めのようにささやいてくる心の声にこう言いたい。

学校の成績の良さで認められるのは表面的だと主張する人もいるだろう。たとえいい成績で就職が有利に進んだとしても、ただ成績がいいだけではあまりその人の人間性の判断基準にはなりかねないと。

しかし、成績がいいということは二つのことが予想できる。もともと教えられたことを吸収するのが得意であるか、必死に努力した結果か、どちらかだ。

前者なら効率よく学べる「生物的に」優秀な人間であり、後者なら目的のために努力でき成果をあげられる「性格的に」優秀な人間だ。

成績はある程度人間の価値基準になるじゃないか!


…と、昨日は荒れていたのだが、泣き始めて数秒で「泣いてる暇があるなら勉強しろよ」と非情にも理性的に告げる頭の声が聞こえたので、とりあえず夜遅くまで勉強した。面白いことに、勉強しているうちは精神的に落ち着いているのだがやめた途端に不安になってくる。

しばらくはこの変な精神状態を利用して勉強に没頭しようと思う。

もし昨日思いっきり泣いていたら、完全に落ち着いていただろうか…?
人材マネジメントの授業でフィードバックについて習った。

効果的なコミュニケーションには四段階ある。

1.相手の行動について、観察したことを客観的に述べること。
2.観察したことに対して、自分がどう感じたか述べること。
3.自分のどういう価値観からその感情を覚えたのか述べること。
4.相手にしてほしいことをお願いする。

例えばチームミーティングに来ないメンバー、Aさんがいたとする。

1.「Aさん、私が見たところ、あなたは過去4回のミーティングのうち1回しか出席していないようです。」
2.「あなたの行動を見て、私は落胆しました。」
3.「なぜなら、私はミーティングを通じてチームの結束力を高めることを大切にしているからです。」
4.「次回から毎回出席してもらえますか。」

文字に起こすとかなり直接的で違和感があるのは否めないが、これが対話だと問題なくすんなり受け入れられるのだ。

とはいえ、私は普段からあまり他人に不満を抱かないので何かを伝える必要がない。これでは練習にならない、と考えたので、毎日手書きの日記の方に自分へのフィードバックを書き始めた。

例えば。

「私は今朝、自分が朝起きるときにアラームを止めてから二度寝するのを見ました。アラームを早く設定したのは朝から勉強するためでした。」
「これを見て、私は非常に不安になりました。」
「なぜなら、私は目的を達成するための努力を高く評価しており、成績をあげようという自分の姿勢を評価しているからです。」
「明日は二度寝せずに起きてくれますか。」

自分が自分と会話しているような文章でややこしいが、これが面白いくらいに自分を改善するのに役立つのだ。具体的に言えば、フィードバックを始めてから不必要にスマホをいじることがなくなったし、寝る時間が12時を過ぎることが減った。

更なる目標は毎日の平均勉強時間を5時間にすることだが、これはフィードバックをしていてもかなり難しそうだ…。


「リーダーシップのとれる人材になれ」。

ビジネススクールにいると、そればかりを求められる気がする。でも、改めて考えてみると、「リーダーシップ」という言葉は非常にあいまいであると思うのだ。それをはっきりとさせずに生徒に向かって「とにかくリーダーになれ」というのは酷というものだろう。

そもそもリーダーとはどのような存在だろうか。社会的なステレオタイプからいえば、カリスマ性があり、常にみんなの中心にいて、多くの人から尊敬され、声を張り上げて群集を引っ張るというイメージが少なからずある。ちなみにこのステレオタイプ通りの人は、私の通っているビジネススクールでは「優等生」だ。

けれど、私の考える理想のリーダーとは、決してカリスマ性や声の大きさでは測れない。

私なりに、自分の中にある「リーダー」という存在の理想像に沿って生きてきた。上下関係がはっきりしている日本の高校の中で、どうすれば後輩に誇れるような先輩になれるか精一杯考え実行してきた。

それは例えば初対面での気さくな態度だったり、相談に応じる面倒見の良さだったり、妹にダメ出しされる人間味だった。その場の空気が悪くなるようなことがあれば違う視点からの意見を出し、後輩が意見を出しやすいように気を配った。感情的に否定することはせず、もしも説得が必要なら論理的に説明することを心掛け、最終的に相手が自分の意志で意見を変えることを望んだ。

例えばこんな経験がある。

中高一貫校だったので、私は六年間茶道部に属していた。部長が変わるたびに30人ほどの組織文化が変化していくのを目の当たりにしてきた。気が弱い部長の時はお菓子目当ての不真面目な生徒が集まり、気が強く個性のある部長の時は部活内が二極化した。

私が副部長になった時、気を使ったのは高学年の生徒と低学年の生徒との距離を縮めることだった。私が中学一年生だった時、いくら中高一貫とはいえ六歳も年が離れている上級生と同じ部屋で部活をするのは緊張することだった。だから積極的に声をかけたし、しゃべるのが苦手な後輩に対しては小さな共通点を探して話しかけた。後輩の一人であった妹に協力してもらい、普段通りの姉妹の会話をすることで近づきやすい雰囲気を作るよう心掛けた。

結果からいうと、私の行動は小さな変化をいくつか起こしただけに過ぎない。まじめに茶道をやりたいという生徒が少し増え、部室から退室するときに笑顔で帰る生徒が少し増え、最上級生でなくても文化祭で着物を着てみたいという生徒が少し増えた。

私の努力は些細な影響だったかもしれない。けれど、何かが少し変わったとは思うのだ。



私の考えるリーダーは、自分の理想を強く持ってその場の空気や流れを変える人間だ。

ビジネススクールの話に戻るが、優等生たちは「誰かの理想」を生きているようにしか見えない。クラス代表に立候補し、生徒会の選挙活動をして名前を広め、目が笑っていない愛想笑いでクラス全員と同じように接する。そうした生徒が行動し空気や流れを変えることができても、私が感じるのは物足りなさだ。

もしかするとこれらすべては私の勝手な思い込みかもしれない。輝いているように見える優等生に対しての妬みだってあるかもしれない。カリスマ性を発揮するのが彼らのリーダー像なのかもしれない。

けれど、あまりにも似たような形の彼らの「成功」と、それを「成功」ととらえてしまう学校の組織文化に疑問を抱いてしまうのだ。
周囲の同学年の友人が、来年度住む家を探して焦っているのを見て、私も焦って探し始めた。

シェアハウスやアパートを貸し出すまとめサイトを見て物件を探し、気に入ったものがあれば直接大家さんに連絡を取るというのがUBCの学生の主な物件探しの内容だ。

もっとも、今日一件見学に行ってきた感想からすれば、物件を探すのは後数か月待ったほうがよさそうだ。なぜかというと、大学が二学期制になっていることに由来する。

9月から12月が冬学期、1月から4月が春学期で、5月から8月が夏学期だ。一見すると三学期制だが、規則上一年度は9月から4月なので、一年は二学期制である。

それはさておき、今のシーズンはこの夏学期に住む場所を探す人や、そういった生徒に向けての物件がほとんどで、9月から住むことを許可してくれる大家さんがほとんどいない状態なのだ。ワンシーズンオフとでもいえばいいのか、とにかく季節が少し外れているらしい。

結論から言えば、友人が焦っているのを見て焦るのは良いが、何に焦っているのかちゃんと考えたほうがいいということだ。

家さがしについては良い物件が浮上してくるのを調べながら待ちつつ、4月末での最上の状況と最悪の状況を両方とも考えておいたほうがよさそうだ。

…最悪の場合、8月中に大家さんに連絡を取っておき、9月の最初の週は先輩の家に居候させてもらいながらオープンハウスに行くという手がある。今年は学校が始まるのが9月10日なのでできることだが、なるべくこういう状況にならないよう努力したい。

私一人だけなら簡単に住む場所が見つかるのだが、何しろ友人ほか二人と合わせて三人で住める物件を探しているのでこのようなややこしいことになっているのだ…。
二週間ぶりに書いている。一週間に一回は更新する、と決めたはずなのだが、案外七日に一回だと忘れてしまうことが多い。いっそのこと週二回更新することにすれば忘れないだろうか。

さて、今週はリーディングウィークという、一週間が休みの週だった。カナダの大学では一学期と二学期の授業日数のつじつまを合わせるため、二学期に一週間の休みがある。授業も休み、キャンパスの飲食店も休みで、普段は数万人が行き交うキャンパスが寂しいくらいに静かだった。

中国の旧正月と重なったため、帰国した中国人も多かったようだ。

私といえば、トロントとオタワから高校時代の友人が遊びに来てくれたので暇になることはなかった。一緒に外食したり買い物を楽しんだのだが、東カナダは今氷点下20度らしく、緑色の芝生を見て「白じゃない!」と感動していた。

最終日の夜は同じ高校出身の六人とうち二人の彼氏・彼女と合わせて八人でカナダの牛角に行ってきた。一週間ほぼ毎日日本語で会話した後の牛角だったので、まるで日本にいるかのような感覚を覚えた。

メニューは日本の牛角と似たようなものだったが、デザートは少し変わっていた。「S'mores(スモア)」という、クラッカーの間に板チョコと焼いたマシュマロを挟んだものがあったり、巨大なマカロンにアイスを挟んだものがあった。私は抹茶アイスのマカロンを食べたのだが、見た目の派手さに対して味は普通だったので、少し拍子抜けした。


金曜日の早朝の便でトロントとオタワに帰る、ということだったので見送ってきたが、この一週間は本当にあっという間に過ぎていった。


リーディングウィーク明けの授業で面白いことがあればまたブログに書いていこうと思う。